食後、皿洗いのときは、だいたい音楽をかけている。
だらだらしている7歳がこんなことをいう。
- おとうちゃんはこのごろ、この人の歌ばっかりきいてるね。 好きなの?
- うーん。たぶん。そうなのかも。
先月はハンバート・ハンバートをよく聴いてたんですけどね。
後ろでは4歳が
- ぼく、音楽きくと、おどりたくなっちゃうんだよねっ
といって、くねくねしている。
君については、早くおかあちゃんに歯を磨いてもらって寝なさい。
認知したのはオジーのBack to the Beginnigのステージ動画。
仮装したV系みたいな人たちがいるんだなと思って。
そうはいっても知らないものだから、まずは聴いてみたわけだ。
あんまり最初の印象は良くなかったのかな。きれいで整っている。悪くないね。そんな感じ。あと、彼・Vesselの声は僕の中ではオジー声という印象。
低くて太くてのっぺりとしている。さすが帝王。誰をステージに招くべきかわかっている。
まあ、そんな感じで折に触れて聴いて、じわりと侵食された感がある。
端的にいってハマってしまった。
まず耳を惹くのは楽曲の多彩さ。メタル耳なので、派手にディストーションがかかったリフだとか、プログレ的変拍子だとか、そんなところを聴いてしまったけど、それはこのレコードのごく一部でしかない。
R&B、ゴスペル、ゴシック、アンビエントあたりがごちゃっと投入された闇鍋が、レコード一枚分展開される。
楽曲は総じて短尺で、奇妙だけれどとっつきやすいメロディ。クサさすらある。難解で拒否される音楽ではない。でもその構造はとても複雑。
なにかしらのメロディができたとしたら、夜中に人知れず小人職人集団が分業でせっせと脱構築・再構築を繰り返したら、こういう楽曲になるのかもしれない。どの曲にも耳を惹くフックが用意されている。
ミックスで重視されているのはドラムをはじめとしたリズム、そして声。
リズムトラックはすごく聞きやすく配置されていて締まった音。リズムに追い立てられているというか、弛緩は許されない種類の音楽。
彼らのジャンルをどう形容したらいいのかよくわらないけど、不要なら生ドラムだってギターだって簡単に外しちゃうし、必要ならブラストビートを叩かせるし高速リフも刻ませる。
その融通無碍な着脱可能さはバンド・オリエンテッドではなくて楽曲・オリエンテッドだから、という理解いいんだろう。実際メンバーがどう思ってるかは知らんけど。
前作までは、もう少しメタル然とした音の作り方だった。
だから僕は、メタルバンドが解体されていく過程を見ているのかもしれない。
R&Bって独特のリズム感で歌われるからヴォーカルの技量的に高いような気がする。声の出力とか個性に頼らないテクニック。その点、R&B的なパートもVesselはそつなく歌いながら、同時にメタル/コア的なスクリームもこなしてしまう。最近の若い子は本当にすごいんだよ。
彼のスクリームはデヴィン・タウンセンドを想起させる。グロウルみたいなやつじゃなくて、仄かにメロディの匂いを残したスクリーム。
僕は割とオジー声を嫌ってしまう。だってオジーの声って野卑で何も考えてない感じがするじゃないですか。なんだか、生暖かくてのっぺりとした奇妙な怪物の声でしょ。
でも彼のオジー声は、聴いているうちに気にならなくなってきた。声の太さはこのレコードに安定をもたらしているし、このレコードに必要な存在だと感じる。
小人的職人集団を統べる小人的プロデューサーが作り上げた、一切の譲歩も温かみもない、徹底的な構築美の中で、「生暖かくてのっぺりとした奇妙な怪物」の彼こそが、温もりを与えてる存在ではないか。
遅刻が許されないリズムがあって、編み上げられた確固たるストラクチャーがあって。
彼はなお、この場で泣いているように聞こえる。
その不思議さはどう形容できるだろう。
システムにとじ込められた感情の埋み火、とでも言おうか。
その哀しみをどう形容しよう。
ジャンルも文脈も違うけど、ジェイムズ・ブレイク的哀しみと名づけよう。
感情が放っておかれ、あたりに漂う感じ。
コロイドみたいに、いつか沈殿する時を静かに待つ感じ。
壊れても癒えてもいなくて、ただそこにある感じ。
悲しいから歌うのではなく、歌われている状況/状態が悲しい。
その感情への説明は一切ない。
感情がただそこに「ある」ことを、僕は感じる。
背後には厳密に刻まれるリズムがあって、むしろそれがあるから、彼の声の細かな震え・余韻に耳がいく。だからこそ、このレコードのピントは彼の歌にぴったりと合わされている。
彼ら、信者がいるらしい。なんとなくわかる。それこそV系的なしぐさだと思う。
僕が10代だったらなっていたかもしれない。
彼らが非実在存在であったとしても僕は別に驚かない。AIミュージシャンだっているし。
実在存在であったとして、器用貧乏の可能性も否定しない。「何でもできること」はその人の個性ではない。
加えて、僕は崩壊の途上にある徒花を見ているような気もしている。
それでもなお、このレコードは聞くに値するものだし、それ以上の何かがある。
そう感じるんですよ。お皿洗いながら。
7歳には言わないけど。