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2026年6月15日月曜日

規範を支える規範

学者さんたちが燃え上がる様を散見。ああ、そんな言い方をしてしまえば炎上必至ですよ、と思って眺めていた。まあ、燃えているのは学者さんだけではないか。

繰り返すひとは繰り返すし、発信の仕方・巧拙の問題でもないんだろうな、と思ったんですよね。当人にすれば、これ以外のあり方はないんだろう。

きっとそうなんだろう。
そう思って、ここに小さな藁人形をこさえてみる。

2026年5月2日土曜日

僕が機械だったころ / 「マネジメントシステムのひみつ」

気がついたらもう5月。みなさまいかがお過ごしでしょうか。


「マネジメントシステムのひみつ」
https://kids.gakken.co.jp/himitsu/library224/

関係先から広報しろ、と言われたような気がしたので。

2025年12月25日木曜日

黒を揃える

あっというまに12月も終わりで。昨日、今年一年どうだった?なんて訊かれましたが、年が終わる実感もないまま過ごしています。

2025年12月10日水曜日

15年越しの袋とじ

2011年くらいにこのブログをはじめて15年くらい経ったんですって。びびるよね。
さらには400以上のエントリーがあるんですって。びびるよね。

2025年11月11日火曜日

自由と、その不自由について


若いころの自由は軽やかだったなあ、と思う。今、僕の自由は少し不自由な形になってきた。
僕はまだ、自由でありたい。

2024年11月22日金曜日

ある日、バノンの養老院で

コミューンみたいですよね、と彼は云うんだ。たぶんいい意味で。

えー、と思いながら、そうかもしれない、と応える。

僕はやや不本意だった。でもうまい反駁も思いつかなかった。でもまあそう云われてみれば、それはたしかにこれはコミューンのようだった。

2024年10月11日金曜日

まなざし

写真で自分の顔をみるのは好きじゃない。そういう人は多いと思うから、僕もそのひとりだ。

2024年4月2日火曜日

なすことに、あまり深い意味を持たせてはいけない

がっかりするのは自分だからな。そういうのって敗北主義なのかしら。


最近企業のCSR活動にお邪魔する機会も出てきて、なんだかもやっとしている。この種の活動は平たく言って、環境教育などとも呼ばれる。で、教育とはなんだろうと。

教育とはすべからく洗脳であるという話はちらほら目にしていて、それはまあそうだろうと思う。


朝岡先生。環境教育の。大学院のとき授業を取った。なんだか先生は「たとえばゴミ問題がやりたいんです」といって研究室に来る学生がいるんだけど、そういうことではないんだとおっしゃっていた。環境に配慮した主体を育成することが大事なんです。そう言っていたような気がする。なるほど。ではどうしたら環境配慮的主体が育成されるのか。そこは残念ながら忘却のかなた。大事なところなのに。まじめに授業を受けていればよかったですね。

でも環境配慮的な主体を洗脳して育成するっていうことなんだろうか。あるいは情操教育は?情操の豊かな主体を洗脳して育成するのかしら。なんだかそれって変じゃない?

書いていて気がついた。僕は「教育」が好きではないんだな。そうはいっても僕は子どもには僕なりのモラルを押し付けているような気がするし、パターナリスティック(実際父親ですからね)の誹りは免れないことも自覚している。

親「ごとき」が、教育者「ごとき」がその人を変えるという考え方・意思が、ひどく傲慢なものに感じられる。そういうことなのではないか。親としての僕は、子どもの振る舞いにひどくいらついていますけども。ときおり、ときおり。

不完全な者が未分化の者を教導する。せざるを得ない。それは「てめえだって半端者のくせしてなに偉そうなこといってんだ」的15の夜的感情と「でもにんげんだもの」的みつお的酌量の余地を求めるエクスキューズの感情のミクスチュアであり、つまりそれは僕だ。ああ僕だ。


誰かを教育してやろうとする人にはそれなりの思惑がある。大人ですから。育成して楽がしたかったり、やってます的社会貢献アピールだったり、購買意欲喚起だったり、予算消化だったり、暇つぶしであったり。あんまりそこで目くじらたててもしょうがない。僕も大人だし、おこぼれにあずかっているし。

たとえば、教育の目指す先が社会変革だとか、グローバル人材の育成だとか、なんだか地に足がつかないことを言い始めると、とたんに傲慢な感じがする。そういうてめーはどうなんだ、と思ってしまう。あーわかった。僕は「教育」が嫌いなんじゃない。「主体形成」が嫌いなんだ。ごめんなさい朝岡先生。投げたサイコロの行き先をコントロールしようとする企て。わかるよ。したいよね。でもお前だって不肖の息子・娘だっただろ?ということなのだろう。きっと。

ただ実際のところ、教育されている主体は勝手に「よいもの」を取捨選択しているはずなので大方、教育者が願う主体には形成されない。心配せずとも不肖の息子・娘は再生産される。

そのようにして教育者の野望は潰えるのだ。ざまみろ。とほほほほ。


将来のことを考えると環境配慮的な人を育成するのはまあ、たぶんそれほど悪いことではない。一般的に。平たく言って。では、あんまり傲慢にならず、そういうことをするにはどうしたらいいのか。

事実や知識の授受だけなのかもしれない。これはカエルです、これが白菜です、これが複素数です。もう少しあるな。社会的なコード。これはドの音です。様々な社会的なコードを示す。

そこから先はその人次第だ。君の好きなコードで楽しめばいい。

僕らが言えるのはそこまでなんじゃないのかな。




2024年3月10日日曜日

なんとなく1年が終わろうとしている

 はやいなあ、と思う。

去年の今ごろはどうだったか。去年の来週に大きな仕事が入れられた。1年後、どうもそれはうまく実を結ばなかったようだ、と風聞に聞く。その仕事は前の職場であとに残そうとして取り組んだ仕事でもあった。うーんそうか。残念だったなと思う。

それでも世界は進んでいく。「自分の不在」とは、世間的、もっといえば会社的には全く大したことがなかった。そのごくあたりまえのことを改めて知った1年間でもあった。僕がだらだらと枝を折り、かまどに放り込みながら豆を煮ていても、世界は猛スピードで動いていく。

おかしいのは僕か世界か。そうは思うけれど、早いこと知れただけよかったかもしれない。僕だって1年前までは理不尽な理由で自分自身を、すごく悪い意味で調練していたかもしれない。「しょってる」と言われれればそれまでだけど、本人は字義通り背負ってるつもりになっている。そして事故に至るケースはままある。だから、僕の脱洗脳には少なくとも成功した。

それとしてスピードの差異を埋めるのは別の話だ。僕は遅すぎるのか、世界は早すぎるのか。

どんなに世界が早く動いても、僕の自我が激しく取り残されていたとしても仕方ないじゃないか。僕はあんな速度では動かない・働かないと決めた。だからこれは、望んだ弛緩であり、望んだ孤独なんだろう。

緩んでいる割に、なんだか気忙しいのがなんともかんとも。




2023年5月7日日曜日

細部が体を成す、のかしら

自分の書くことが嫌いになったことを思い出した。

以前も書いた。でもまた書いちゃう。

2021年5月3日月曜日

2019年11月19日火曜日

再生回数には意味はない。

ただし、個人的な意味はある。
しかしこの話は何回目だろう。


2019年9月23日月曜日

興行とインフレーション:フジロックから見る風景

アンコールでの話。そしておそらくは、アルコールの話でもあるはずだ。

トムはこういった音楽が好きであるらしい、未だに。
正確にいえば、好きであるかどうかはよくわかんないけども、なお価値あるものであるらしい。

新譜でも、奇跡的に封入された1曲といってよいだろう。

僕はステージを背に歩く。
後ろからメロディが追いかけてきて、胸元にふわりと忍び込む。
歩きながら、僕の口角は2ミリくらい上がる。

2019年8月12日月曜日

エラーを起こすプログラムへの対処


なんてタイトルにしたんだけど、SE諸氏の助けには全くならないです。
紛らわしくてごめんなさい。

プログラムのデバッグではなくて、プログラムからの撤退と外部化かもしれない。
特に、ヒトのプログラミングにおいては。

2019年8月1日木曜日

考えすぎることをやめた

考えすぎる。
これがエントリーが減った公式の理由としたい。
かっこいいでしょ。ものぐさとおもわれないでしょ。
書き続けるのだ。それを不惑の誓いとしよう。


2019年3月11日月曜日

アトピーとQOL


娘を抱っこする。
彼女の柔らかな髪の毛は、僕の肌を刺激する。
僕は典型的なアトピー肌を持っている。

2019年1月14日月曜日

2018年はこんな音楽を聴いていたよ、の前に

あけまして。ことよろ。
例によって聴いたレコードをひっくり返そうかと思ったんだけども。
その前に。

2018年12月14日金曜日

試験を受ける

合格したらドヤ顔で経緯を語ろうと思うのだけども、結果は3月だ。
手応えがあったような、なかったような。

2018年8月6日月曜日

「モノを言う新聞」てさぁ、

なんだかね、という話。

新聞を読むというお仕事がある。月番制で回ってくるこの仕事。
4紙を斜め読みして、林業関係記事を蛍光ペンで囲って、ページに付せんを張る。
このアナログ加減は嫌いじゃない。

2018年7月28日土曜日

月に遊ぶ

月を愛でるのに、小道具なんて必要ない。
夜空を見上げて、きれいだな、と思えばいい。

もちろん、やろうと思えば、小道具はいくらでもある。

すすきの穂。おだんご。葦の池に浮かべる小舟。
肩にしだれかかる美姫。月を映す、とろりとしたお酒の入った杯。
素敵な詩片を思いつくセンス、だとかね。