2015年3月9日月曜日

価格プレミアムを片手に、佐渡のコメを眺める

続きなのだ。
根拠付けからの快刀乱麻『生物多様性の経済学』

想像していただきたい。
ここにいかの塩辛がある。とろーりとして、実にうまそうだ。一切れ口に運ぶ。先ずはぴりりとした塩味が舌を刺激し、ついで、ほのかな甘味が口の中に立ちこめる。そこで白米ですよ。はふっと掻きこむわけですね。絶妙のハーモニーが口の中に広がるんですよ、お客さん。
なんでしょう。書いているだけで幸せになります。晩飯食ったばっかなんですけどね。

こしひかり国に陣借りし、はや幾星霜。やっぱコメです。ベトナム社会主義共和国において、ごはん党日本支部青年部長を僭称・歴任してきた私としましては、ごはんに関しては、やはり一家言あるわけですよ。
めしにかかる偏執的愛情(追記あり)




そう、続きなんです。このエントリーは前回扱った『生物多様性の経済学』の、続き。

生物多様性保全の経済学
生物多様性保全の経済学
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大沼 あゆみ
有斐閣
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「グリーン財」に関する記述があって、思うところがあったのでこんなエントリー。
先日コメを作っている友人と話していて、高く売るには、という話題になったので。当人たちが読んでくれるかどうかは知りませんが、備忘録として。

グリーン財とは、生物多様性や環境に配慮された製品という意味合い。林業ではグリーン材というと、乾燥前の木材を指したりしますが、今回はあくまで「財」。商品を指すものとご理解ください。
こうしたグリーン財は気を使って生産されるので、当然ふつうの商品より高めの値段になっていることが多い。

にも関わらずグリーン財を購入する動機は、生物多様性に貢献しようとする場合(そう書かれているけれど、まあ、広い意味で環境保全くらいの理解でいいのでは)もしくは、義務的な購入が必要である場合になる。

じゃあ、消費者にとってグリーン財を購入するメリットってなんだろな、という話。
一つには、有機農法で作られたものはうまくて健康にもいいという理由。著者の大沼さんは、こんな風に自分にもメリットがある理由を「私的属性」による購入動機と分類する。
で、一方は、大義を背負っているような感じですね。環境にやさしいものであれば、ちょーっと高くても買ってやろう、というあっぱれな心映え。もしくは状況的にこれを使わないくてはいけないという義務的な購入動機。これを「公的属性」というそう。


問題は有機農法のトマトでもふつうのトマトでも違いがさっぱりわからない、僕みたいな味音痴の人たち。有機農法トマトは高いわけじゃないですか。なんにも書いてなければまず選びません。農薬がいっぱい振りかけられた、安いやつを選んでしまう。頑張って作られた有機トマトが売れない。
こういう情報の非対称性(によって良貨が駆逐されてしまうこと)を逆選択と呼ぶ。
スーパーではポップがついてますね。○○さんの栽培した無農薬トマト、一個500円みたいな。こうした情報こそが逆選択を防ぐ役割を果たします。
そしてでっかいポップとして、認証制度があると考えるといいのかもしれません。

ちなみに森林認証には私的属性は存在しません。認証材も非認証材も質的な差はないから。公的属性一本槍で勝負しないといけないところが森林認証の厳しさ、と本書にあります。うんうん、そーだそーだ、と思いました。



でね。本書で面白かったのが、兵庫県豊岡市の「コウノトリ育む農法」の紹介なんです。豊岡市ではコウノトリと共存するためにさまざまな施策が広がっているそうなんです。その結果、減農薬・無農薬米が拡大している、という話。

豊岡市でははやり認証制度、認定マークを使用して農産物の消費拡大を支援しているようです。
コウノトリの野生復帰とコウノトリ育む農法 環境省

上でも書きましたが、こういったグリーン財は通常財とくらべて高い。だって減農薬した分、草取りなどの労力が増えるし、肥料を制限すると収量が落ちるわけですから。ところがこの商品、けっこう人気である、というお話。
景気が良くていいですね。そんなことを考えながらひっくり返って本を読んでいたんですが、よく考えてみると、この僕がひっくり返っている地べたはトキの島でありました。
おんなじことやってるんじゃね?


そもそも、佐渡の米はなかなかうまいんです。新潟ではなんとなく米の名産地が区分化されてまして、トップはかの有名な南魚沼なんですが、2位が岩船、3位が佐渡だったような。うろ覚えなんで違ってたらごめんね。
そもそも新潟が米どころなんだからそれでいいじゃねえか、って思うんです。上位のさらに上位を目指すなんて、神々の争いというかコップの中の嵐というか。
でも初任地の糸魚川より絶対うまいよ。これだけは言えるよ。もっとも糸魚川のお米にしても、東京から引っ越して炊いて食った時はけっこう感動したんもんです。う、うまい、と。

ちなみに本書によると豊岡市では下記の価格となってるらしい。
慣行農法 : 7,000円/30kg
減農薬農法: 9,000円/30kg
無農薬農法:12,000円/30kg (p238より抜粋)
米という商品の性質上30kgがある種の単位なんでしょうね。1/2俵。そして、スーパーで買うときはせいぜい10kgで、小分けが小さいほど高く値段が設定されます。

ちなみにいまちょっと調べてみた限りでは、コウノトリ米は3,680円/5kgでした。
特別栽培米コウノトリ育むお米(完全無農薬米)コシヒカリ5kg<ひょうご安心ブランド認定米> JAたじま 楽天市場
「幸せになれるお米!」ってズルいですね。コウノトリ的ネーミングの勝利です。
小分けであること加味しつつ、30kg換算するとだいたい16,000〜17,000円というところでしょうか。上記との乖離は流通価格と生産者支払価格の違いと考えられますし、もしかしたらアベノミクス効果も少しはあるかもしれません。


で、佐渡は豊岡と同じようなことをやってんじゃないのかと調べたところ、やっぱりやってました。
「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度のご案内 佐渡市
豊岡と似ているが非なるものだ。断じてパクリではない。だってこっちはトキだもん。

「佐渡産 コシヒカリ」で検索するとけっこう佐渡の農家さんたちが直販で米を売りさばいている様が確認でき、たいへん頼もしく思いました。そうだ、行政やJAに頼っちゃだめなんだ。いいぞもっとやれ。

そしてこんな変わり種。

里田米
だじゃれかよ。なめてんのかよ。

実は彼女、「朱鷺と暮らす親善大使」なのでした。大変失礼致しました。佐渡とは縁もゆかりも無い気がしますが、どうもありがとうございます。
里地里山を守る前にマー君の右ヒジを守って欲しいというのはあくまで私見ですので、気にしないでください。


というところで。
雑なんですけれど調べてみました。ひっくり返ってはなくそほじりながら調査したので、信頼度はE判定で結構です。きっと立派な農学者先生がすでに調査をされ、論文まで投稿されていることだと思います。
半端者らしくカジュアル調査ということで、ご笑覧あれ。
調査対象は、近所のスーパーとネットw。慣行農法、減農薬農法、無農薬農法でそれぞれ3者見つけ出し、平均を出し30kg単価を算出しました。そしてもともと細かな数字に大した意味はないので千円単位で揃えました。
なお「かませ犬」として佐渡産こしいぶき君を追加してあります。30で割って、5なり10なりをかけて、普段買っているお米と比較するといいかもしれません。繰り返しますが、小分けは少し高めですから、そこを留意してね。

こしいぶき   :   9,000円/30kg
慣行こしひかり : 10,000円/30kg
減農薬こしひかり: 15,000円/30kg
無農薬こしひかり: 21,000円/30kg
里田米     : 30,000円/30kg

里田米の圧勝。くそ高いです。僕なら憤怒しながらこしいぶき君90キロをやけ食いするところです。こしいぶきだっておいしいんだぞ。

まあ、上下はネタです。ボリュームゾーンを見ると、やっぱり豊岡産のお米よりも価格設定が少し高めのようです。トキとコウノトリではそりゃ、トキの方がブランド力あるだろ?っていう話は別にして。
ご案内のとおり佐渡は離島でありまして、そもそも諸式が本土よりも高いのです。ガソリンは本土+10円ですし。資材費はきっと高いだろうと。
また、米どころ・新潟という部分で強気の価格設定ができるところがあるのかもしれません。


そして本書にもどりますが、特にグリーン財の農産物の場合、「私的属性に訴求する商品を作れるか」がカギであるようです。トキが生活できる環境であるためには、減農薬や長期湛水といった慣行農法にはない管理が必要だ、という公的属性はさておき、いかにうまいか。健康にもよいか。ということが大事であると。私的属性と公的属性が両輪で回ると、うまくて高い、(生産者にとって)よいおコメが作れるんですよ、というお話でした。

慣行農法がキロ300円くらい。無農薬コシヒカリでキロ700円くらいなので単純にダブルスコア以上の値段を叩きだしています。しかし、減農薬、さらには無農薬コシヒカリは当然人件費が高くなっていきます。
(価格)×(面積あたり収量)−(面積あたり労務費)が最大化するようなチョイスが生産者にとって最もハッピーな状態です。本書、この辺りの分析もあってなかなか興味深く読みました。
忘れてはならないのは、認証米ということで佐渡市から認証を受けたコメだということです。トキの絵の入ったシールを貼付することで消費者もなんかすごいらしい、とわかりますし、その品質を佐渡市が保証します。「生き物を育む農法」って、なんだか見たことある気がしますが。
生産者消費者双方で情報が共有されることによって、「特別なおコメ」として価格プレミアムが発生するのだね。


もうひとつ。気がついたのは「認証」というのは与信構造と似ている、というかそのものじゃん、ということです。
たとえば僕がクレジットカードでお買い物をするとき、どこの馬の骨ともしれぬ僕に代わって、VISAが僕に「信用」を提供してくれています。
同じように、個別の農家が十分な信用がなくても(もちろん佐渡の農家のことなんて東京の人は知らないだろうし、ましてやちゃんと有機農法してるかなんて確認方法がないからね)、認証機関が農家に対して信用を与えている、と理解できます。認証機関が信用を供与するためには、ある程度の規模が必要でしょうし、公正・中立であること、怠けずにちゃんと検査していることが求められるでしょう。
そうでなかったら、その信用は簡単に瓦解するでしょうし、ヘタすれば二度と浮かび上がれません。
ロゴの絵柄ばっかり気にしている場合じゃなくて、信頼を提供する機関としてけっこう重要な位置を占めているように思います。



締め。里田米の独特な位置づけについて。
この商品は、「うおー、カントリー娘。未だに愛してるぜ!」というハードコアなファンの琴線を棍棒でぶっ叩くことに成功している商品であり、別の意味で私的属性わしづかみな商品であると考えられます。
まじめに書きますと、セレブリティである彼女自身が実際に米作りに加わりかつ、大量生産できないことから希少性が発揮されるはずで、よりプレミアムが強化されていることについて疑いの余地はありません。
また、里田さんは単なるおバカタレントに留まらず、料理本を出版されるなど、食への造詣が深いことも勝因として挙げられるでしょう。

これ考えた人は天才だと思うけど、持続可能性に疑問符がつくところがまたいいです。今年の秋はニューヨーク米が「里田米」として売りだされるんでしょうか。
固唾を呑んで生暖かく見守ることにします。


今シーズンのマー君の活躍に期待しつつ、本稿を終えたいと思います。
現地からは以上です。