2016年3月27日日曜日

Dream Theater の"The Astonishing"が賛否両論で、さもあろう、とひとりごちる。

みなさまのお気持ち、よくわかります。これは悩ましいですよ。

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dream theater
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本作は2枚組の大作で、しかも得意のコンセプト・レコードになっています。
Dream Theater : The Astonishing 
ゲームかよ。

基本的な話として、ストーリーと作品の完成度は別物ですよね、ということを抑えておく。
学校の音楽の時間にシューベルトの「魔王」を習いました。ストーリーは教科書から。そのあと実際に聴くわけですが、「おとーさーん、おとーさーん」って、失笑モノでしょ。子どもって残酷ですから。そんなところがあります。
没入するに足る内容を持つのかどうか。その辺も大事であるはずです。




"Metropolis Pt.2"はいうまでもなく名盤でした。
どんなふうに聴いただろうか、と少し思い出してみる。Burrrn!で96点を叩き出しているのをみて、心待ちにしていました。コンセプト・アルバムだということで、インナーを読みながら聴いたような気がするけども、やっぱりフック満載の楽曲と、各パートの緊張感溢れるインタープレイ、そして生々しい音像。そんなところに心を奪われたように思います。
すげぇ、と思っているうちにレコードが終わった。



"Through Her Eyes"はいい曲だな、と思っていて、ストーリーと歌詞を読みながら聴きなおしました。
主人公が前世である女性の「視点」から、当時起こった「事件」を追体験する。ストーリーも非常に工夫が凝らされている。感情が込められたジェイムズの歌唱に、ストーリーの中に没入していく感覚がありました。彼女の恐怖、そしてそれを知った主人公の感情。この曲を聴きながら、そこにある「物語」に、確かに触れていたと思います。

この曲は未だにそらで歌えるもの。帰り道に自転車漕ぎながら歌ってるもの。



残念ながら、例によって最近はデータで手に入れることがほとんどなので、そもそもブックレットがない。なので、あくまで音楽だけで。

まず大作なのに各曲の尺は短い。最長でも7分台とか、信じられない短さです。彼らにしては。あと、SEがたくさんはいっているので曲の実数としてはもう少し少ない。しかし2枚組なのでお腹はいっぱい。
全体的にオーケストレーションが施されていて、空間の広がりが意識されたサウンドプロダウションだと思いました。これが悪評の原因のひとつなのかしら、と思うんだ。

"Falling Into Infinity"以降のDTの特徴として、楽器が聴き手にとても近い配置が挙げられる。ポートノイのドラム。ジェイムズの声も息継ぎが気になるくらいの近さ。
出音が耳に非常に近い配置であることで、生々しさやヘヴィさをダイレクトに伝える作りであったと言える。

翻って今作。空間を意識した音作りのため、楽器がやや遠く感じる。ドラムスの細かいニュアンスなんかは、過去の作品に比して不鮮明かもしれない。その辺はThe Winery Dogsの新譜で聴かれる、ポートノイのプレイと好対照を成している。
でもそういった音作りって実は、みんな大好きな"Images and Words"に近いんじゃないかしら。あのレコードは硬質で明晰な音作りだったけど、楽器から耳までの距離は遠い。遠くの方で演奏しているように聴こえるレコードだった。


さて。
繰り返しになるけれど。個々の曲が優れているかどうかは、コンセプトの有り無しとは別の話だ。パートの一部であるからここの曲は不完全でも仕方がないという考えは、"Metoroplos pt.2"には当てはまらない。
その意味で、テーマを紡ぐ個別の曲としての完成度を考えると、今作は今一歩なのかしら、と思ったりする。断片として個別の楽曲が存在しているように思えてしまったから。もう少し練りこまれれば、ひとつひとつの曲が輝くし、一枚のレコードになったんじゃないかしら。
理想を言えば、8曲60分くらいのサイズにしていただくと集中力がもっていいのですが。


ほかに頭に浮かんだ批判としては、全体的にメタリックな曲が少ない、ヘヴィなリフが少ないというもの。随所にテクニカルなプレイは光るけれど、普遍的なプログレッシブ・ロックという言葉が頭に浮かぶ。
しかし考えてみれば、ポートノイ時代末期の音像って、メタリックというよりもヘヴィ・ロック然とした。鉈で丸太をぶっ叩くような、不穏で柔らかで禍々しさ。

 うん。やっぱかっけぇ。

そこにグッときていたのは事実で、彼が持ち込んでいたタメの効いたリズムやブルータルな要素がやっぱり好きだったな、と思う。何をもってDTなのか、という話になるので、それはファンのひとの好き好きなんだろう。むしろ、ポートノイの抜けたここ数作のほうが普遍的なプログレ的なのかもしれないし。
ただ、マンジーニの技量に不足はないけれど、「チームの中の1人」以上の何かは感じられない。それがなにやら、物足りない。全体として整合的ではあるけれど、個々の技量が表に出てこない、というか。



一方で、ジェイムズのヴォーカルが大きくフィーチャーされています。彼については、ここ数作から、より柔らかな表現が印象的な歌唱を魅せている。今作では、楽器群が後景に退いた分、前衛に残り続けたのがヴォーカルであった、というか。
繊細なニュアンスがよく掴み取れて、その声の良さが堪能できます。

キャリアとしての頂点は出鼻の"Images And Words"なのかしら。"Another Day"の絶唱ですよ。やっぱりさ。すごかったじゃないですか。


こんなキーの高い声は、もう出ないと思うんだけど。
昔ライブに行ったときは、フェイク満載で悲しい気持ちになったっけ。

もともと声量がすごくある人だと思っていて、クリーントーンから、ざらついたロック然とした歌唱まで。多彩で器用。スクリーマーではなく、あくまでシンガーですよね。

しかしこの人の白眉は、それほど出力を伴わない、中音域のパート。空気を吐き出すような、話すような歌い方。最後に少しビブラートを匂わせる。吐息のような、そこはかとない色気を感じる。片岡鶴太郎みたいな顔しているのに。
レコードだから音量を平均化してあるにしても、本来彼はトップとボトムでの声量差がすごくある人なのだと思う。トップ・ギアでうっさいギターとドラムに競り勝てるくらいに。でも張り上げると一本調子になって、彼の声の表情が失われる。
そんなことで、コーラスでなくてヴァースのほうが魅力的だと思う。

今作では、彼の柔らかで暖かな声が輝く曲がいくつも入っていて、今現在の彼の持ち味がよくでている。僕としては、彼にはオーセンティックなAORを歌って欲しいのです。Journeyとか、リチャード・マークスみたいなやつを。でも彼はサイドワークも、プログレ・レコードを出しているから、本当にこういう音楽が好きなんですね、と思うしかない。

 

今作はまるでディズニー映画の主題曲みたいな優しげな歌を、あくまで優しく堂々と歌う。「雇われシンガー」と揶揄された時代をくぐり抜け、彼が一番輝く場所に立っているレコードができて、僕もなんだか嬉しい。



総体としては、やや不満が残るけれど、これもアリ、という感じです。ただし、全体を通じて聴くことは少なさそう。ジェイムズの声を聴くために、お気に入りの何曲かを持ち歩く感じになるかな。

あと、ポートノイさんにおかれては、速やかに他のメンバーへの詫び状を携えて帰参を願ったらどうでしょう、ということで。