日本だと山火事。林は山にある。
でも、この平らな土地では山火事とは呼びにくい。森林火災、だ。
メコン・デルタは11月〜5月が乾期。気温が高く乾燥している。海が近いので風もある。森林火災のシーズン。2011-12シーズンは1件、0.6haの被害だったけど、12-13シーズンは既に4件、いずれも数ha規模の火災が頻発している。
気になるのは、うち3件がこの2週間の間に発生していることだ。
そもそもこの場所にJICAのプロジェクトが入ったのは、そして僕を呼んでいただいたのは、森林火災がきっかけ。2002年、この場所は、6,000haという壮大な面積が焼けた。ウミンハ地区は国立公園を除いて30,000haの森林がある。20%焼けてしまうのは大惨事だし、そりゃ借金も増えるわ。
10年経過した今は名残らしきものは残っていない。けれどわずか10年前の話である。
JICAが実施した「森林火災跡地復旧計画プロジェクト」は、火災監視塔の築設とトランシーバー等を供与した。監視塔はいわゆる物見やぐらなんだけれど、区画に沿ってかなりの数を一定間隔で配置してある。複数の箇所から火災の移動・拡大が分かる仕組みになっている。
一応、乾期は監視塔に職員常駐、というお約束になっている。まあ、ハンモックが吊るしてあるのは仕方ない。風が抜けて涼しいから。
火災通報があると職員がばばっと船に消火ポンプを積み込んで出動する。オフィスに設置されているレシーバーで、あっちに移っただのなんだの、というやり取りが頻繁に交わされていて、なかなか緊張感がある。
JICA支援の機材、うっちゃられてません。ちゃんと使われますよ。
行きたい行きたいしてもいいんだけれど、足手まとい必至なので今のところ消化時はお留守番の大役を預っている。今のところはな。
代わりに現場検証に同行。火事場大好き。
熱帯における泥炭土は分解が追いつかないほど急速に有機物が蓄積されたときに生成される、らしい。必要なのは嫌気状態。つまり、湿地帯や沼地である。
酸性硫酸塩土壌でも湿地だと腐植が分解されずに残っているからあんまり区別してもしょうがない。湛水しやすいウミンはたぶん、泥炭土生成の好適地。
雨期に湿地を歩くとヘドロのような匂いがする。未分解で堆積している有機物はきっといっぱいある。
通常は湛水していて水分もたっぷりだから火がつきにくい。しかしいまは乾期で土壌が露出して乾いている。木も可燃物だけど、土壌も可燃物。
要は、あとは火を放つだけなのだ。
インドネシアでたまに話題になる「何ヶ月も消えない森林火災」みたいなやつの多くは泥炭湿地林の火災だ。あそこの泥炭土はハンパなく広いし、ハンパなく厚みがある。
たぶん下の土まで火がついたら埋み火みたいになってしまうから、消火そのものが難しいはず。そもそも足元が燃えてるかもしれない場所の消火活動は危険すぎる。
ということで数千haオーダーの延焼は、現実としてありうるし、実際あったわけだし。
今回現場検証に立ち会った限りでは、植栽木に燃え移ってわんわん燃えた、っていう感じじゃなくて、林の中にある下草がさっと焼けた、という印象だ。
そしてメラルーカは見事に枯れている。
こ、これは2年ぶりに見る秋の風景、と5秒ほど思った。
思ったほど黒焦げになっているわけではない。意外に熱に弱いのか。こいつ。
焦げた幹を向いてみると、中もひどく焦げているわけではない。湿り気もある。
本格的に樹幹に燃え移ったわけではないのだ。
でもたぶん原因が分かった。
これが被害林分の上層と林床の写真。
んで、これが被害のなかった林分。
違いがお分かり頂けただろうか。
ちなみに雨期は根元部分は水の下。現在は乾燥している。一年のうち半年はこんな風に歩くことはできない。
右下の木の根本にある黄色くて、もさっとしたもの。これは根だ。半分浮き出たように地表から顔を出している。湛水しない場所に植えられたメラルーカはこんな風に根が地表から出てきていない。湛水する場所はこんな風になる。
被害林分は根が黒く焦げている。たぶんここがやられた。吸水機能の喪失は樹幹の損傷と同等に致命的なはずで、蒸散は進めど水の供給がないから葉が枯れた。という説。
想像するに、火災中、鎮火直後はこんな葉の色じゃなかったはず。焦げた地表の上に妙に落ち葉がたくさんあったのも、たぶんそのせい。
どちらにしても、これくらいですんでよかったね、というレベルなんだと思う。ここにはまだ可燃物は残っている。延焼時間が長ければ、それだけ立木も乾くから燃えてしまうし、泥炭土にも火がつきかねない。そもそもメラルーカという樹種は油分が多くて燃えやすいのだ。
行政としてもただ手をこまねいているわけじゃなくて、周知活動を盛んに行なっている。ちなみに僕のいる公社は営利企業でもあるんだけれど、地域の森林行政も合わせて行なっている。
森林経営隊員としては、営利部門が行政もするな、という不満の源でもある。まあ、実態としてそうなので仕方ない。
パンフレットの配布、看板の設置、実際の消火活動等々。
左の写真は「ひと目で分かる森林火災危険度表」。見づらいんだけど、現在の針は黄色の「CAO(高い)」を通り越して、ピンク色の「NGUY HIỂM(危険)」に到達中。
左の看板は「全国民ハ総力ヲ結集シ、森林火災ヲ予防セヨ(社会主義国風味)」的なことが書かれている。
でも火災はなくならない。もちろんタバコの不始末とか、野焼きの延焼もあるけれど。
なぜか。
乾期は地元の人が林の中に入るシーズンなのだ。はちみつとりに。
メラルーカの花のはちみつは微妙な酸味があっておいしい。日本のはちみつよりもさらさらしている。売値も良くて、現金収入源としてウミンでは貴重な商品。
ということで、おっさんたちが燻し火をもって林にはいる。たぶん咥えタバコで。
で、当然のように出火という黄金パターンを繰り返している、らしい。
それはどうも、いたちごっこである、という月並みな感想しか出てこない。
乾期に入ってからすでに5ヶ月。あと2ヶ月くらいしないと雨期は来ない。消火に使える堀の水は減り続けている。あまり大きな火災になると消火は難しい。
水がなければ最後はどうすんの?と訊くと、もう木を伐って延焼とめるしかない、という。日本はどうすんの?と訊くけど、そんなのどこだって同じだ、と応えるしかない。だよねぇ、という話。
なんにしてもけが人がいなくてよかったね。いや、要注意です。