2019年6月23日日曜日

ブナづく初夏

ブナづいている。



林学科の人間のいくらかは性狷介になる。知らない人よりも知っているからだ。
選択したテーマがマイナーであることを忘れるのだ。まともな人は林学科など行かない。
そして外部からのアプローチに有頂天になる。

そして、浅薄でにわか仕込みの知識を持って市民の気持ちを逆なですることを言う。
手前が、どれほど知っているのかも知らず、気持ちよくつけあがるのだ。

そういう輩は人前に出てこなくてよろしい。
山月記よろしく虎にでもなって、山奥でひとりおんおん鳴いていればよいのだ。
ああ、おれのことだった。




仕事柄、人工林を扱うことが多いのだけれども、異動して、ブナに触れる機会が多くなった。ブナに神秘的なイメージを持ち合わせてはいない。かといって邪険に扱うこともない。
好きか嫌いかでいえば、好きな部類だ。まとまりがよいように思う。イメージの話。
特筆する美点は持たないけれども、平均的に美しい。
そんな言い方、褒めているようでディスっている。繰り返すけれど、僕は好きですよ。

そんなことで、いろいろなブナ林を歩く。いろいろな姿をしている。


十日町。
柔らかな春の日差しが、ブナの木々の間から差し込んでいる。
このあたりでは、尾根伝いにブナ林が形成されるのをよく見る。

一枚目の写真は同じく十日町の美人林。珍しい広葉樹の平地林。美人林は観光地でもあるし、きっと特異点なのだと思う。
このあたりの一般的なブナ林は尾根あたりに群落を形成し、あんまり太くも大きくもなれずにしずしずと住まわっているのではないか。
ブナは極相種、なぜ尾根あたりにばかりいるのかは、もう少し検討したほうがよさそうだ。


魚沼市。
尾根だけではなく、面的にブナ林が賦存している。
この場所は面白い。先見の明、なのかどうかはわからない。この場所は先人がブナ林に間伐を施した。
結果、通直で太いブナが「生産」される林となっている。



林業業界に足を踏み入れて20年になる。
状況が変わるから、課題は常に新しい。

学ぶべきなにかがあるのは、喜ばしいことだ。そのように言っておこう。
半分どころか、7割くらいは面倒だと思っている。でも、学ばなくてよい生を送るよりはずっといいし、まだ僕はそういう境地ではないのだから。