2020年6月15日月曜日

エピペンという名前の、お守り

使うことが、ありませんように。
お守りを使うことなんてないでしょう。

以前ハチの抗体検査をしていて、基準値以上の抗体があることは分かっていた。
職場は抗体検査の金は出してくれるが、エピペンの金は出してくれない。
検査だけやってくれて、業務上ハチに刺された場合は自己責任とか、なかなか奥ゆかしい。遠慮しなくてもいいのに。

エピペンとは、アドレナリンの自己注射薬のこと。
ハチに刺されたりしてアナフィラキシーショックを発症すると、血圧が急激に低下する。ここで昇圧剤を打つことで、失神を防ぐ。
自分で打つこともミソなのか。他人に打ってもらうのは医療行為になるけれど、自分で打つからその範疇から外れる、ということなのかしら。
ペン状のブツを腿に押し付けると、針が飛び出し注射。服の上から打てる。


今までハチ刺されでショック症状を起こしたことはない。
でも起きちゃったら困る。山の中で、一人で。
君の数値では、そんなには起こらないけどね。とお医者様は云う。
「そんなには、起こらない」。お医者様の言葉を反芻、もしくは、玩味する。
リスクヘッジ。
そんな単語を思い浮かべ、いささかお値段が張るけれど、買うことにした。

知らない人もいるかもしれないので、僕の場合はこうだった、というのを。
3ステップで買うエピペン。
①内科を受診、教本と動画を貸与される
②教本と動画を返却、注文の意思確認
③晴れて購入

もっと気軽に購入できるのかと思っていたから、3回も通院しないといけないのは面倒だった。職場でまとめて購入できるケースだと一発で薬ももらえるのかもしれない。
なにしろ、業務上必要な薬ということになるはずだから。
僕だって業務上必要なのだと思うんだけれども。

教本と動画では、打ち方が説明される。また、購入したエピペンには本物を擬した練習用エピペンも入っていて、一人で練習できる。
お医者様は、打つと決めたら迷いなく打て、と、野球のコーチみたいなことを云う。
アナフィラキシーショックが起きると、「秒単位(©お医者)」で、「四肢の力が失われる」のだそう。秒単位なら誰だって間に合わないと思うのだが。
好意的に解釈するならば、悠長に構えていると打てなくなる、逡巡は手遅れのもとだぜ、ということになるのだと思う。


よし、分かった。打とう。そう決めた。
しかし、そこでも困ることがある。僕には打つタイミングがわからない。
どの症状がアナフィラキシーショックなのか、僕はまだ体感していない。ハチに刺された後にやってくる、めまい、吐き気、呼吸困難。意識がある範囲では。

たぶんスズメハチなんかに刺されたら、ものすごく痛いじゃないですか。ものすごく。
当然、精神的にもショックだと思うんですよ。実際にアナフィラキシーショックでなくても、症状のどれかを感じたって不思議ではない。
そこにお医者様が薬液たるアドレナリン注入後の不快感を詳しく説明してくれるもんだから、余計、あんまり打ちたくないな、と思ってしまう。
人為的に高血圧を作り出すものが、心地よいはずはないのだけども。

思考実験する。
・ハチに刺される。
・調子悪くなっている僕がいる。悪いことに一人で現場来ちゃった。
・症状が今後、恢復するとも悪化するとも、わからない。
・エピペン打つと調子が悪くなることを知っている。

ああ、これは。
一人の場合では、結構な確率でエピペンは打てない。
見逃し三振する僕が想像できる。
敗因は客観視の不足だ。自分がどれだけヤバいのか、自分ではわからない。
僕はたぶん、時間による治癒・改善を期待するのだ。
そして、意識を失うのだ。


では、このエピペンは意味がなかったか。
そんなことはない。残った力で打てるかもしれない。お医者はああ云うけれど。
切所での選択肢が広がるならば、ありがたいと思うのがリスクヘッジであろう。

もちろん、どこまでもヘッジしきれないリスクはあるんだけども、打てる手は打っておく。安い買い物ではないけれども、必要だと思うことにする。