2012年8月5日日曜日

泥炭林の持続的管理に関するワークショップ




インドネシアに行ってきた。6月27〜30日の4日間。
ボゴール市は首都のジャカルタから約60キロ。バスで1時間という話だったけれど、ジャカルタ名物の渋滞にひっかかり2時間半くらいかかって到着。
インドネシアって極南でクソ暑かと思っていたら意外に涼しい。乾期だそうだ。自分史上最高に暑い都市は相変わらず東京のままだ。


出張の目的は泥炭林に関するASEAN主催のワークショップへの参加。
 泥炭林とは泥炭層に生育している森林のこと。泥炭層はアメリカ、カナダをはじめインドネシア、マレーシア等に広く分布する。日本にもある。北海道とか。

泥炭林とは、ふつう聞きなれない言葉だ。なんだか汚そうだ。ピート、というともう少しマイルドだろうか。ウイスキーを蒸留するアレである。スモーキーな香りを作り出すアレである。ああ、ウイスキー飲みて。

通常の森林は枯死した植物は腐り、最終的に二酸化炭素と水に分解される。腐葉土が分解過程ということね。
泥炭地は草や樹木が枯死して、分解されることなく土壌として蓄積することによってできあがる。泥炭地の多くは多量の水分を含み、寒冷地に形成されることが多い。それは分解者の活性が低く、嫌気条件になりやすいからだ。
と、物知りgoogleさんは教えてくれた。
ではなんで温暖な東南アジアにも分布するのかというと、若干困る。水はもちろん多いけれど、微生物等分解者の活性は高いはずだから。たぶん、分解速度を上回る堆積量の結果、なんだろうか。次々と積もってしまえば、下層の土壌は嫌気条件になってしまうから。
その辺はよくわからない。




泥炭林は泥炭土の上に生えている森林のことを指す。別に泥にまみれているわけではない。英語ではPeat land forest、もしくはPeat swamp forest(泥炭湿地林)と呼ぶ。
泥炭林は炭素ストックを多く含む土地に成立している森林で、気候変動防止の観点から重要視されている。この泥炭林、近年減少しているという話。
ベトナム、カマウ省にもわずかながら泥炭林があって、配属先のスタッフがプレゼンすることになったので、プレゼン補助ということでついていった。質問の聞き取りやら、おかしな英語を直したり、やら。ベトナムも一応ASEANですし。

このワークショップはASEANとインドネシア環境省並びにGlobal Environment Centreにより主催された会議でASEAN Peat Land Forests Projectは泥炭林・泥炭湿地林の維持・回復を目的として設立された機関だ。
で、今回の実質的な参集者は東南アジア諸国の政府関係者・研究者だった。




二日間で10数名のプレゼンテーションを聞いたあと、ワークショップが行われた。参集者はのべ100名くらいというところだろうか。
泥炭林が保持している炭素の量は46 Gtというピンと来ない量で、地球上の炭素の8〜14%のに相当するという。
泥炭林が減少する主な要因は森林火災と土壌侵食とのこと。湿地帯が多いことから、伐採、あるいはプランテーションの際にクリークを作って排水することが多いそうだ。この排水とともに泥炭土も流出している。報告によればヘクタール当たり20tのCO2が排出されているとのこと。場所によって30年で2m、以上土壌が流出(沈下)しているという報告もあった。

泥炭林における火災も大きな問題。オイルパームのプランテーション時、あるいは再植林時にしばしば火入れが行われ、結果として泥炭土にも火がついてしまうとのこと。さすがは燃料に使われるだけある。
一度泥炭層に火がついてしまうと、埋み火のようになってしまい消火が非常に困難だ。この火災は、気候変動の問題以前に、特に乾期における大気汚染の大きな原因になっていることが報告された。




以下、話を聞いていて、いくつか気になった点

・基礎調査の必要性
炭素ストック量、また排出量の推定は現在ではモニタリングによるもの、あるいは空中写真などを用いたリモートセンシングによって実施されている場合が多いと思う。プレゼンを聞いていても、具体的な数値の振れ幅はかなり大きく十分な精度ではないようだ。研究者による発表でも、同様の指摘があった。
炭素の蓄積や排出量の推定は目に見えないものを扱っているわけで、難しいことはいうまでもないけれど。
気候変動枠組条約の締約国は毎年温室効果ガスに関する排出/吸収インベントリ(目録)を事務局に提出することになっている。インドネシアは附属書I国なので削減義務はないけれど、インベントリ提出は行なっているはず。この関係でモニタリングは行われているはずだし、日本もこっそり地道に東南アジアに技術支援をしてますよ、ということも知っておいて損はない。

・保全よりも経営へ
泥炭林は保全される必要がある。でも同時に森林経営のための土地としても重要だ。議論を聞いていると利用を主眼においた上での保全の方向性が模索されているように感じられた。
木材がその国において重要な輸出品目になっているマレーシア、インドネシアといった森林国からすればそれはむしろ当然である。ただ、日本と比較するとその傾向がより顕著に思えた。
そしてその姿勢はおそらく、「泥炭林の完璧な保全」(そんなものがあれば、だけれど)を、いくらかは後退させるだろうとも感じる。だからこれらの国の人を「保全側」と「利用側」に分けたとしたら、「保全側」はずいぶん分が悪い。きっと今回プレゼンした研究者の方たちの願いは当分叶えられないだろう。
もっとも、それをネガティブなことだとは僕は思わない。トレードオフ条件から、何を選ぶかという程度問題にすぎないわけで、紆余曲折の末に泥炭林の保護のあり方は決まっていくだろう。これは後述するREDD+の議論とも関連する。

「アカシアを植栽するんだったら、オイルパームのプランテーションにした方が泥炭土の流出は少ない」とマレーシア政府の人は言っていた。管理も楽だし!、と。
そりゃ正直すぎる言い方じゃないのw、とも思ったが。木材を生産するメリットと泥炭土を維持するメリットを秤にかけたような検討が彼らには必要なのだろう。例えば「完璧な保全」を意図する人は上のような人を説得しなくてはいけない。


オイルパームがヤバイだの、地球温暖化まったなしだの、という議論は巷にあふれている。確かにどれも問題だと思う。ただ、僕が思うのは、本当に「まったなし」なのであればそれはつまりもうそれはアウトだろう、ということだ。
人を動かすのにも、お金を動かすのにも、それこそ森林を育てるのにも、時間はかかる。どこにでもそれなりの事情がある。特に気候変動の文脈では、予防原則に基いて行動している。不確実な将来と目の前にある利益とを天秤にかけているわけだから、行動に躊躇が生まれるのはむしろ当然だ。今すぐに何かをしなければおじゃんになるとしたら、それはもうムリだろう。
時間が与えられているのか、与えられていないのか分からない中で必要だと思うことをやっていくしかないだろう、と思う。
「まったなし」というのは、早く物事を動かしたい人のポジショントークのようなものではないか。もちろんそういう人もいていい。プレイヤーとしての位置づけは与えられているし、自覚的だからこそのポジショントークなわけで。


話がそれた。

・地域住民への視点
が少ないように感じられた。なにしろ経営面積が膨大だしどこまで配慮すべきか、という問題もあるけれど。数千haオーダーでの伐採/植栽って現地の人はどうかんがえているんだろうか、と素朴な疑問が湧いた。
森林火災防止が重要なファクターになっていると何度も指摘されていたが、火入れや失火というのはそういうローカルサイドに原因を持つ場合も多いだろうにな。

・REDD+への注目
REDD(Reduce Emission from Deforestation and forest Degradation)+とは「森林減少または森林劣化からの温室効果ガス削減(と、その他)」のことを指す。日本では「れっど(ぷらす)」と呼んでいる人が多かったような気がしたけれど、国際会議上では「あーるいーでぃーでぃー(ぷらす)」と呼んでいたのも小さな発見。
簡単に言うと森林劣化や森林減少を防ぐような措置に資金を供給するメカニズムのことを指す。このREDD+こそ、まさに甲論乙駁・百家争鳴という戦国時代にあるので詳しくはFoEのページを参照にされるといい。僕も全部は読んでないけれど。ああめんどくせ、という状況にあることは分かる。

このREDDに関心が高さに驚いた。その理由は冒頭に述べた泥炭林の炭素ストックの多さにある。これを意識せずに森林経営を続けていたら排出されてしまう炭素がある。だからこの維持のために巨額の資金が泥炭林を持つ国々に配分されるだろう。
泥炭林を維持することそのものが彼らにとって利益になる。泥炭林は煩わしい管理が必要であると同時に、虎の子でもあるのだ。

しかし、FoEのページを見るとわかるように、細かい資金メカニズムが未確定である上、途上国にとっては蓄積量・排出量の精度にまだ課題を残している。彼ら自身が解決しなくてはいけない精度向上と締約国会議での議論の行方という2つの課題がある。
どうも雲をつかむような話で気持ちが悪い。
ただ、REDD+の話がなければそもそも泥炭林の保全は大きなイシューになりえなかったのではないかと思う。REDDの資金メカニズムがどれだけ大きな要素になるかは分からないが、それによって保全の対応の仕方も変わってくるだろう。少なくとも頭出しとしてはありだ、というのが僕の考えだ。

僕の認識からすると、現在の世界的な木材価格は林地を保全できるほど十分には高くない。今が130USD/m3くらいか。僕が生まれた頃の日本の木材価格すごかったけれど(日本林業の蹉跌はそれをベースラインと考えてしまったところにもあったと思う)。ポイントは気候変動や生産する林地の保全をきちんと内部化して価格に反映していないところだ。「持続可能な森林」であることはお金を生む価値があるか否か、ということでもある。
REDDや森林認証、はてはマルチカーボンアカウンティングなど、生産地に還元するような「雲をつかむような」仕組みによって、もう少し木材価格が引き上げられるべきなのだと思う。
だから不確定要素はたくさんあるけれど、REDDのような仕組みはアリだと個人的には考えている。もちろん、この形がいいのかはまだ分からないけれど。


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ASEANの会議なので、当然日本人は一人、使われる言葉は英語。初の国際会議。アウェー感満載。思ったのは、英語にはみんな訛りがあるということ。そして訛りをもろともせずにみなさんよくお話するということだ。堂々としていることが、なにより大事なのかもしれない。
生まれてはじめて長期で海外に赴任しているわけだけれど、そして日々の生活ではほとんど英語を使う機会はないけれど、実はオレ結構英語を知っていたわ、というのが感想だったりする。もちろん不十分さは痛感しているのだけれど、中学高校英語をバカにするもんじゃないな、と感じている次第。腐っても6年はみんな英語勉強してるんだものね。


会議中、コーヒーブレイクが何度か挟まれ、コーヒーとお菓子が出る。ヨーロッパの影響を受けているせいか、お菓子がなんだか洋風な気がする。そしてみんな甘いもの大好き。イスラム教の人が多くて、アルコールを口にしないせいだろうか。

タバコスペースでマレーシアの人とインドネシアの人と話す。久しぶりにガラムを吸った。強くて、やっぱり甘い。
みんな英語が上手でいいなぁ、と僕がいう。マレーシアもインドネシアも島がたくさんあって言葉がたくさんありすぎるから「ブリッジ」するために必要なんだ、と彼はいう。今ではパパもママも英語しか話さない。
いいねぇ、と言うと、どこがいいのさ!と彼はほうばったお菓子を吹き出していた。


最終日はアディショナルツアーでボゴール宮殿とボゴール植物園へ。


ボゴールという洋風な名前は、オランダ統治時代に付けられたのだと。平日に特別に見せてもらえたらしく、広大な建物を見学。らっきー。



この植物園は宮殿に隣接している。インドネシア国内(諸島)の様々な植物が収集されていて、面積は約87haもあるとのこと。園内、広大なので軽自動車に揺られて見学。



夕方、ジャカルタの街を散歩していると、コーヒー飲まない?と呼び止められる。子どもたちが集まってきた。みんな元気いっぱい。
イスラム教国に来るのは初めてなので、ヒジャブを巻いた女の子が妙に新鮮だった。
そしてイスラム教国とは、こんなにもビールを買うのに苦労するのか、と知った。

いや、面白い出張でした。