2012年11月18日日曜日

たまごのことを考えながら、インフレ率であそぶ②

えぇ、つづきまして。日本の林業とインフレ率について。前回エントリ「たまごのことを考えながらインフレ率であそぶ」も参照のこと。


日本といえばスギヒノキ。スギ丸太価格で、1980年(S55)が38,700円/m3で過去最高だった。林業関係者が昔を懐かしむときに使う「昭和55年」。
昭和55年といえば、まだ僕が一歳の頃であって、天上天下唯我独尊、と嘯くことなく、「転がっているタンパク質のかたまり」からようやくリフト・オフを始めた頃の話である。
これが2010年(H22)には11,800円/m3になるので、30年で70%下落したことになる。
付け加えておくと、木材は農業と違って大昔に関税障壁が撤廃されている(このためTTPとかの農業保護の議論をドライにヤギの目でみている林業関係者も多いと思う)。特に近年において、農産物と比較して木材は国際価格に強くペッグしている商品といえる。




他方、ベトナムと同様に日本のインフレ率を計算してみると、30年間で134.45%。98年には140%を超えていたがデフレのおかげで若干持ち直した模様。ご案内のとおりもちろん全然いい事ではない。
上記インフレ率を加味すると、スギ丸太の80年価格は現在価格に換算すると1.34倍の51,858円。これに対する現在の価格率は23%。あらら。やっぱりこちらも焼け野原ですね。

5万円/m3だったら今ごろ田舎をドラ孫たちがセルシオ乗り回したろう、と夢想するが、現実世界ではじいちゃんが軽トラを乗り回している。まあ、お財布と環境には若干優しいか。

同じく約8割の下落だが、日本は30年で徐々に下落したのに対し、ベトナムはわずか9年で8割吹き飛ばしているので下落進度はメコン川と信濃川くらいの違いはあるだろう。
加えて、価値下落におけるインフレの寄与率は日本が7%程度だったのに対し、ベトナムは37%(前回エントリ参照)と圧倒的な火力を誇る。どちらが無茶な話かはもう明らか。
従いまして、焼け具合で勝負をするならば、その火力においても延焼面積においてもベトナム圧勝とみました。まあ、こちらは乾期もあるから仕方あるまい。



そしてね。林業関係者のはしくれとして、アタシは思うんですよ。
いつまでも昭和55年の話ばっかしてんじゃないよ、と。
昔を懐かしんで嘆息してれば林業だ思っている関係者(とくに上の方)が多すぎだ、と。
敢えてここ10年の木材価格とインフレ率の相関をとってみろよ、と。

ベトナムと比較すれば少しは溜飲が下がるんじゃないか。
この時代、下を見るのも大事ダゼ!という後ろ向きな思いをこめて、ふたたび前向きに計算に勤しんでみる。

もう一度「世界経済のネタ帳」様より。

○ベトナムと日本のインフレ率の比較
ほら、インフレはそんな進んでませんよ?10年間でわずか12%の増加です。ほぼトントンです、トントン。259%のベトナムと比較して日本はまだマシと思えれば、明日への勇気が湧いてくるような気がしませんか?
だからデフレデフレって国中騒いでんじゃねぇか、というね。しかしこの10年について言えば、単年でデフレの年はあるものの、実際にはクリーピングなインフレだったんですね。三歩進んで二歩下がってますが。

これに対応させるのが林野庁の統計データ。最近林業白書って買ってない。グラフとデータのエクセルファイルをダウンロードして少し修正を加えた。

○主要木材価格の推移(2002〜2010)

ほぼ横ばいに見えるグラフの中で明らかな下落トレンドなのが赤線のヒノキ。そして下から2番目の青線がスギ丸太価格。
上のインフレ率表に合わせると03~10年の8年間で18%ほど価格が下落。一方、この間インフレ率は+13%くらいなので、スギ丸太材の場合03年比で差し引き31%価値の下落が起こったことになる。
前回エントリでみたメラルーカ材は同時期に77%下落しているので、やはりベトナム圧勝である。日本の林業関係者はむりやりにでも胸をなでおろしていただきたい。

…ただ、成長を続けている隣の芝はとっても青い説がむしろ補強された感もなきにしもあらず。実際、当地では外資系木材工場の立地が相次いでいる。メラルーカ材の自爆的価格安は、結局のところ投資を呼び込んだ側面がある。


あらためて上のグラフをグラフを眺めてみると、ゆるやかな下降線の右端であるにしても、ここ10年間では大きなトレンド変化はなかったようにみえる。ベトナムほど急激ではなく、相応の時間の流れをもって価格も推移している。
2012年のIMFの統計だとソフトウッド(針葉樹材)素材価格は140USD/m3(推計値)、日本円でおよそ11,000円/m3くらいだ。そうすると国際価格とペッグしている現在で、スギはわりかし妥当、ヒノキなら少し分がいいくらい、と考えることができる。

一方、ベトナムのメラルーカ材は少し下がりすぎている。すこし戻すかもしれない。



むりくり結論めいたものを述べるとすれば、木材はやっぱり「素材」でしかない、ということ。まず、技術革新によって生産性が向上すれば当然価格は下落する。日本でも海外でも同じだ。
冒頭のたまごが狂乱物価を乗越え、200円でいまなお提供されているのは絶えざる生産性向上(と、きっと生産調整)の結果なのだろう。貧乏学生・貧乏社会人がたまごかけごはんで糊口を凌ぐことができるのも、生産者様のたゆまぬ努力の賜物である。
もうすこし感謝しなきゃな。俺。

そして、木材が物価が上がっているのに価格が下落している理由は、国際市場による調整を受けるためだ。日本での人件費が上がったとしても、外材の価格との関係で国産材の価格は決まってしまう。先進国で素材生産をやることの難しさはここにある。
特殊な化学繊維とか精密部品等、マネしにくいものは別として、木材はどこでも作れる。人件費が安い、もしくは生産性が高いところの木材は当然安い。割と原始的な産業である林業はこんにちのSHARPとかパナソニック的状況をずいぶん前から先取りしていた、のかも。怒られそうだけど。海外移転どころか、海外から買えばいいんだもんな。

加えて、素材にあった旧来の付加価値・ブランドはなくなりつつある。無節材とか化粧丸太とか木曽ヒノキとか秋田スギとか吉野スギとか。「たまごかけごはん専用しょうゆ」みたいなのも付加価値の一つですしね。
あと、上のグラフ順番も概ね材の質とリンクしている。米マツはやっぱり質がいいと言われる。それでも国産材を推すには「材質以外の価値」で売る必要がある。
付加価値が失われてしまったら、あとは、価格競争に乗るしかない。安全衛生や保険コストにほとんど気を使う必要がなくて、しかも日当10万ドン(だいたい390円)の国と伍していくのは、相当大変だ。
それではツラすぎると思うならば、やはり付加価値を手放すべきではないんだろう。

もうそれほど消費者もやさしくはない。けれど、消費者にお縋りしたい。それもわかる。
とりあえずは、
グリーンコンシューマーになろう(・∀・)! と言っとくしかあるまい
という雑なまとめをしてしまう。
若しくはスクエニさんにお願いして「ひのきのぼう」を不当な売値にしてもらうとか

と、いうことで、ここしばらくのトレンドとして木材価格が上がることなんてないと思われるので、さしあたりは今後ともみなさま生産性向上に励んで頂ければ幸いです。



つづきといえばつづき
たまごのことは別にして、インフレ率であそぶ