28年度の予算づくりで、いろいろお話をうかがって回っているところです。どこも予算が足りない!という話をされていて、頭を悩ませると同時に、こんなに治山事業に需要があるのだなと改めて感じているところです。
明治時代から治山事業ははじまり、山々には相当数の施設が設置されています。これが十分なのかどうかというと、わからない。広島のような災害が起こってしまえば、まだ足りないとされるだろうし、近年では施設の老朽化対策という話もあります。
予算不足というのは公共事業そのものが減っているという話でもあります。財政再建の話はあるし、高度成長期のような建設国債バンバン出す時代でもない。
しかし、建設業ひいては地方の退潮を目の当たりにすると、良い悪いは別にして公共事業は確かに地方への血液であったな、という感想はあります。
さて。続きだよ。
『税を直す』まで行き着かなかった/今年の経済はどうなんでしょね
そう。消費税を上げるしかないという話と、そんなこともないという話がありました。
前回エントリーでみた内閣府のページでは、社会保障関係の財源として消費税を使う、とありました。だから、増加していく社会保障費の原資として、消費税を上げましょう、というスジなのだと思います。
百歩譲って、実際に必要な用途があって、財源がないとしましょう。なにかで税収を補わなくてはいけない。であるとすれば、別に消費税じゃなくてもよいよね。
ということで、この本なのでした。
累進課税を強化するのはどうだね、というのが、本書のスジ。
Amazonで立岩さんの著作のレビューを見ると、けっこう散々です。読みづらい!文章下手くそ!と、みなさんお怒りのようです。その苛立ち、よくわかるぜ。
しかしですね、むしろここ数年の立岩さんの文章は読みやすくなっていると思うぞ。
彼の文章を読むと、頭のなかで「考えている」みたいだな、と思うんです。何かを考えるときって、行きつ戻りつし、脇からアイディアがひょっこり現れたりする。
たとえばドライブを想像します。どこかへ向かって走っているんだね。運転する僕は、風景を眺めたり、追いぬかれたり追い越したりする車を眺める。どこかへ向かって、確かに走っているんだけれど、イカした車や風景をわき見運転する。
それらが同時進行するのが「考える」という作業なのかな、という気がします。あくまで、僕の場合。
彼の文章は、「思考のスパン」を一文にしようとしているみたいです。読みづらい。わかりにくい。その代わり、彼の思考の「誤読」は減るだろう。つまり、彼がこういう方向性で、こういうことを考えていたんだな、と。
ドライブの話でいえば、「普段よりも一時間遅れで到着した」のと「いやー、土樽でチェーン規制やってて全然動かなくてさ」というくらいの違いはある。いいとか悪いとかではなくて、そういうスタイルなのだ。
超がんばって写経を完了させたところなんですけれど、よく考えたら立岩先生はちゃんとホームページで概要をまとめてたんだった。
税を直す 立命館大学生存学研究センター 立岩真也HP
読み直しながら思ったけど、この本、おもしろいんです。章ごとの節の文章をつなぎ合わせると、書いてあることがわかっちゃう。HPより抜粋。たとえば、第1章はこんな感じ。
□□第1章 分配のために税を使う
□1 税の累進性を今よりは強くする
□2 同意を得られるだろう
□3 経済をわるくすることはない
□4 「改革」の概要と補足
□5 いくらかの変化
ね。
具体的に、どんな感じなのだ、という細かい話は本書を。
かいつまんでみると、そもそも景気対策とはなにか、という素朴な問いから始まる。最近では軽率減税の話が出てますね。減税によって消費を増やしたいわけだ。
80年代、英米が税率を引き下げた。この流れに追従すべし、という言説が「同じ言葉が、しかし量としておびただしく語られ」た。しかし、その割にその理由や根拠について「はっきりししたことは言われ」なかった。
同時に、引き下げられない場合のデメリットは「おそれ」として語られた。金持ちが海外に逃げ出すだとか、税率が上がると人はげんなりしてしまって、働かなくなるだとか。
なんだ、今と変わんねぇじゃねえか。そう思いませんか。
消費税を上げないとハイパーインフレとか、財政破綻する「おそれ」がある、とか言うものねぇ。
まあ、そんな風にして、所得税の最高限界税率は70%→60%(87年)→50%(88年)→37%(97年)という風に引き下げられた。
なんとなく、しかし着実に。
ちなみに、現在の所得税ってどんな感じなのか。
税の国際比較 国税庁ホームページ
所得階層によって若干の差異はあるけれど、ここに並んだ主要国で最低の税率であることは間違いなさそう。だからといって、金持ち外国人が日本に移転して所得税を払うっている話は聞かないね。
ちなみに、本書の第2部として、村上真司さんによる実際に所得税の税率を1987年の税率に「戻した」場合の試算が展開されている。結論として、2007年と比較して4兆円ほど増える試算となってる。
こうした税源の調達先の話に加えて、得られた税の使いみちに関して。
改革の趣旨「社会保障と税の一体改革」とは 政府広報オンライン 内閣府
少なくともこの意味では、立石さんの指摘と政府の改革の方向性は一部で整合的に見える。税源は消費税しかないんです!と、内閣府は云っとりますが。
で、話はもう少し先の方にもあるのだ。
ベーシックインカムは現代社会のどんな課題を解決できるのか? 山森 亮 5.1.2016 This Page
昨年末、フィンランドでベーシック・インカムの導入検討が始まった、というニュースがありました。ベーシック・インカムの導入検討の背景については、山森さんのおっしゃるように、日本にも共有する課題だろう。
持病がない人だって貧困に陥る可能性はある。数年前、生活保護を受給できない人のニュースがあった。ブラック企業なんて言葉があったりして、この国では仕事に殺される人が大勢いる。これはここ数年の話ではなくて、かなり前からそうなのだ。
生活保護をもらうことに抵抗を持ったり、受給者が変な謗られ方をしたり、生活への不安のせいで仕事がやめられないくらいなら、はじめからベーシック・インカムとして配っちまえばいいと思うんです。僕としては。
立岩さんがいうように、所得の再分配と社会保障は本来一つのものだ、という指摘は完全に同意していい。
社会制度ってなんとなく変わるじゃないですか。国会ですごい揉めたことだって。霞が関に出張にいって原発再稼動反対のテント村を目にしたとき、ああ、と思いました。SEALsの話、の前。
数年前、数万人の人がこの場所を埋め尽くしたんだっけな。それから、あの話はどうなったんだろう。
僕らは、忘れやすい。そのときに、どんなに激しい気持ちを抱いていたとして。
その類の忘却は為政者側にメリットがあるかもしれない。消費税を20%にしたって、そのうち市民は忘れる。慣れる。確かにな。
立岩さんはこんなことを言う。
特に後段の言葉。彼の問題意識はいつもここに立ち返る。それは分かってはいても、しばしば絡め取られてしまう。ブラック企業なんていう話は、まさにここなのだと思う。
もう少し伸びやかに生きていくには、どうすればいいのだろう。
立岩さんは丹念に「語られたこと」を掘り返し、同じことを繰り返し言う。今の制度だって、実際大したことじゃなかったんだぜ、と。
不思議なことに、ニュースでも消費税増税の賛否しか話がない。また、法人税の減税の話は、別物のように扱われて、あっさりと通ってしまった。税金の種類はたくさんあるのに、消費税のみが唯一の方法のように扱われる。
立岩さんはある意味で愚直な道を歩いている。いまさら消費税よりも所得税のほうがいいといっても、そもそも争点になっていないから、相手にされにくい。でも、それがベターなら、そのほうがいいはずだ。
方法は?今ある社会を所与のものとしないこと。そして繰り返し繰り返し、必要性を説くこと。彼の考える処方箋とは、きっとこれなのだろう。
遅々としていようが、ゆっくりと社会を変えていくかもしれない。
さざなみのように。バタフライ・エフェクトのように。
立岩さんの著作の順番的にも、次はこの本になるはずなんだ。一周回ってホットな議論となっているベーシック・インカム。
引き続き、読み進めていきたいなぁ。
明治時代から治山事業ははじまり、山々には相当数の施設が設置されています。これが十分なのかどうかというと、わからない。広島のような災害が起こってしまえば、まだ足りないとされるだろうし、近年では施設の老朽化対策という話もあります。
予算不足というのは公共事業そのものが減っているという話でもあります。財政再建の話はあるし、高度成長期のような建設国債バンバン出す時代でもない。
しかし、建設業ひいては地方の退潮を目の当たりにすると、良い悪いは別にして公共事業は確かに地方への血液であったな、という感想はあります。
さて。続きだよ。
『税を直す』まで行き着かなかった/今年の経済はどうなんでしょね
そう。消費税を上げるしかないという話と、そんなこともないという話がありました。
前回エントリーでみた内閣府のページでは、社会保障関係の財源として消費税を使う、とありました。だから、増加していく社会保障費の原資として、消費税を上げましょう、というスジなのだと思います。
百歩譲って、実際に必要な用途があって、財源がないとしましょう。なにかで税収を補わなくてはいけない。であるとすれば、別に消費税じゃなくてもよいよね。
ということで、この本なのでした。
累進課税を強化するのはどうだね、というのが、本書のスジ。
Amazonで立岩さんの著作のレビューを見ると、けっこう散々です。読みづらい!文章下手くそ!と、みなさんお怒りのようです。その苛立ち、よくわかるぜ。
しかしですね、むしろここ数年の立岩さんの文章は読みやすくなっていると思うぞ。
彼の文章を読むと、頭のなかで「考えている」みたいだな、と思うんです。何かを考えるときって、行きつ戻りつし、脇からアイディアがひょっこり現れたりする。
たとえばドライブを想像します。どこかへ向かって走っているんだね。運転する僕は、風景を眺めたり、追いぬかれたり追い越したりする車を眺める。どこかへ向かって、確かに走っているんだけれど、イカした車や風景をわき見運転する。
それらが同時進行するのが「考える」という作業なのかな、という気がします。あくまで、僕の場合。
彼の文章は、「思考のスパン」を一文にしようとしているみたいです。読みづらい。わかりにくい。その代わり、彼の思考の「誤読」は減るだろう。つまり、彼がこういう方向性で、こういうことを考えていたんだな、と。
ドライブの話でいえば、「普段よりも一時間遅れで到着した」のと「いやー、土樽でチェーン規制やってて全然動かなくてさ」というくらいの違いはある。いいとか悪いとかではなくて、そういうスタイルなのだ。
超がんばって写経を完了させたところなんですけれど、よく考えたら立岩先生はちゃんとホームページで概要をまとめてたんだった。
税を直す 立命館大学生存学研究センター 立岩真也HP
読み直しながら思ったけど、この本、おもしろいんです。章ごとの節の文章をつなぎ合わせると、書いてあることがわかっちゃう。HPより抜粋。たとえば、第1章はこんな感じ。
□□第1章 分配のために税を使う
□1 税の累進性を今よりは強くする
□2 同意を得られるだろう
□3 経済をわるくすることはない
□4 「改革」の概要と補足
□5 いくらかの変化
ね。
具体的に、どんな感じなのだ、という細かい話は本書を。
かいつまんでみると、そもそも景気対策とはなにか、という素朴な問いから始まる。最近では軽率減税の話が出てますね。減税によって消費を増やしたいわけだ。
消費を増やすべきという主張は受け入れるとしよう。ならば、今困っていて、すぐに使って貰える人に直接渡すのがもっとも効果的である。公共的な仕事、福祉・医療の仕事に就く人を雇う、収入を多くすることを含む労働政策、一時的失業者を含む所得補償に回すのがもっとも効果的である。 p19で、そもそも税とはなんだっけ、と確認する。
・・・言いたいことは極めて単純なことである。市場において多く得てしまったところからそうでないところに財を金を移転することが大きな目的であり意義であり、それをしかるべく行うべきである。そのことによって、必要だが足りていないとされてしまっているものを得ることができる。 p40累進課税の税率が80年代以降、引き下げられてしまって、その根拠は(実は)よくわからないし、その結果がよい状況だとも言えない。だから、まずは80年代の税率に「戻す」ことで「足りていない」社会保障費を補えばいい。こんな感じ。
80年代、英米が税率を引き下げた。この流れに追従すべし、という言説が「同じ言葉が、しかし量としておびただしく語られ」た。しかし、その割にその理由や根拠について「はっきりししたことは言われ」なかった。
同時に、引き下げられない場合のデメリットは「おそれ」として語られた。金持ちが海外に逃げ出すだとか、税率が上がると人はげんなりしてしまって、働かなくなるだとか。
なんだ、今と変わんねぇじゃねえか。そう思いませんか。
消費税を上げないとハイパーインフレとか、財政破綻する「おそれ」がある、とか言うものねぇ。
まあ、そんな風にして、所得税の最高限界税率は70%→60%(87年)→50%(88年)→37%(97年)という風に引き下げられた。
なんとなく、しかし着実に。
ちなみに、現在の所得税ってどんな感じなのか。
税の国際比較 国税庁ホームページ
所得階層によって若干の差異はあるけれど、ここに並んだ主要国で最低の税率であることは間違いなさそう。だからといって、金持ち外国人が日本に移転して所得税を払うっている話は聞かないね。
ちなみに、本書の第2部として、村上真司さんによる実際に所得税の税率を1987年の税率に「戻した」場合の試算が展開されている。結論として、2007年と比較して4兆円ほど増える試算となってる。
こうした税源の調達先の話に加えて、得られた税の使いみちに関して。
そしてもう一つあげておくべきは、所得の再分配と社会サービスを分けて考えてしまうことである。再分配は税の一つの機能として認めるとしても、社会サービスいついては別のことではないかと言われるかもしれない。
・・・けれども、一人の人にとっては、生きて暮らしていくために必要な物が必要なだけである。その必要なものの一部には医療や介護等がある。
必要な人がその付加部分を得て実現される生活は、十分にそれが得られたとして、必要としない人が得られる生活と同じか、あるいは――結局、医療その他ができることには限界があるから――それには達しない。政府が掲げる「社会保障と税の一体改革」によると、社会保障の使途を基礎年金・老人医療・介護の3分野から、子育て・介護・医療・年金に拡充するとされている。
とすれば、一定の所得保障が得られて良いのとまったく同じ理由で、その費用が得られても良い。だからそれにかかったあるいはかかるだろう費用を含めて支給されても、基本的にはまったくかまわない。 p100
改革の趣旨「社会保障と税の一体改革」とは 政府広報オンライン 内閣府
少なくともこの意味では、立石さんの指摘と政府の改革の方向性は一部で整合的に見える。税源は消費税しかないんです!と、内閣府は云っとりますが。
で、話はもう少し先の方にもあるのだ。
ベーシックインカムは現代社会のどんな課題を解決できるのか? 山森 亮 5.1.2016 This Page
昨年末、フィンランドでベーシック・インカムの導入検討が始まった、というニュースがありました。ベーシック・インカムの導入検討の背景については、山森さんのおっしゃるように、日本にも共有する課題だろう。
持病がない人だって貧困に陥る可能性はある。数年前、生活保護を受給できない人のニュースがあった。ブラック企業なんて言葉があったりして、この国では仕事に殺される人が大勢いる。これはここ数年の話ではなくて、かなり前からそうなのだ。
生活保護をもらうことに抵抗を持ったり、受給者が変な謗られ方をしたり、生活への不安のせいで仕事がやめられないくらいなら、はじめからベーシック・インカムとして配っちまえばいいと思うんです。僕としては。
立岩さんがいうように、所得の再分配と社会保障は本来一つのものだ、という指摘は完全に同意していい。
社会制度ってなんとなく変わるじゃないですか。国会ですごい揉めたことだって。霞が関に出張にいって原発再稼動反対のテント村を目にしたとき、ああ、と思いました。SEALsの話、の前。
数年前、数万人の人がこの場所を埋め尽くしたんだっけな。それから、あの話はどうなったんだろう。
僕らは、忘れやすい。そのときに、どんなに激しい気持ちを抱いていたとして。
その類の忘却は為政者側にメリットがあるかもしれない。消費税を20%にしたって、そのうち市民は忘れる。慣れる。確かにな。
立岩さんはこんなことを言う。
今ある社会は正しい、あるいは仕方がない、そのように思うなら、そのこと自体がずいぶんと大きな影響を与える。自分がなすことをすなわち自分であるとされ、そのことを信じてしまうなら、それは大きくその人に作用する。 p30彼の文章は詩的で、時に感動的ですらある。ごつごつとした文体なのに、いちばんつらい部分にやさしく手を差し伸べるような。僕としては、訴えかけられる。10年以上、断続的に彼の著作に触れ続けているのだから。
特に後段の言葉。彼の問題意識はいつもここに立ち返る。それは分かってはいても、しばしば絡め取られてしまう。ブラック企業なんていう話は、まさにここなのだと思う。
もう少し伸びやかに生きていくには、どうすればいいのだろう。
立岩さんは丹念に「語られたこと」を掘り返し、同じことを繰り返し言う。今の制度だって、実際大したことじゃなかったんだぜ、と。
不思議なことに、ニュースでも消費税増税の賛否しか話がない。また、法人税の減税の話は、別物のように扱われて、あっさりと通ってしまった。税金の種類はたくさんあるのに、消費税のみが唯一の方法のように扱われる。
立岩さんはある意味で愚直な道を歩いている。いまさら消費税よりも所得税のほうがいいといっても、そもそも争点になっていないから、相手にされにくい。でも、それがベターなら、そのほうがいいはずだ。
方法は?今ある社会を所与のものとしないこと。そして繰り返し繰り返し、必要性を説くこと。彼の考える処方箋とは、きっとこれなのだろう。
遅々としていようが、ゆっくりと社会を変えていくかもしれない。
さざなみのように。バタフライ・エフェクトのように。
立岩さんの著作の順番的にも、次はこの本になるはずなんだ。一周回ってホットな議論となっているベーシック・インカム。
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