2025年12月10日水曜日

15年越しの袋とじ

2011年くらいにこのブログをはじめて15年くらい経ったんですって。びびるよね。
さらには400以上のエントリーがあるんですって。びびるよね。

なぜ、今ブログを読み返したのか。blogerというサービスがいつまで続くかわからないけど、考えると僕自身のライフログ/ライフヒストリーでもあるよなあ、と思ったんだよね。
僕の人生の3割くらいの、ああだこうだ、がここに埋まっていると思うと、それなりの価値がある。もちろん、僕にとっては。


読み返して、筆者たる僕自身はもちろん自覚していたけど、書いていた自分と、書けなかった自分に再会できた。
・2011–13年は爆発的に書いていた。
・2016年頃から書けなくなった。
・18年はわずかな短文を書くのに3ヶ月くらいかかった。
・22年はほぼ沈黙。

読み返しても書けなくなった頃のエントリーは面白くない。書くことがなかったし、書けると思ったネタでも書けなかった。「劣化した/枯れた」という実感は持っていた。正直、その感触は今も拭えていない。

書けなくなった理由のひとつにはたぶん、僕が大人になったことがあるだろう。
今の僕は、昔みたいによくわからんことに対してわかったようなことは言えない。
あと、誰かを教え、導きたいなんていう気持ちも消えた。
いい話で終わりたかったんだな、昔は。

テーマと自分の距離感の取り方が難しくなったこともある。僕が書いたことによって、誰かを傷つけることは本意ではない。僕が心の中で、死ぬほどディスりたい人がいたとして、その人がうっかり読んでしまったら、ということは人並みに考えられるお年頃に到達している。
よかった。どうも僕は昔より少し賢くなっている。

ソンという人がいた。彼はベトナム人で、彼に会うことができる人は、少なくともこのブログを読んでいる人にはいない。だから、仮にディスろうと思えば彼をいくらでもディスることができる。
あくまで原理的に可能だという意味で。

今の僕から見ても。
そしてこれを読んでくれるあなたから見ても。
ずいぶんと遠くにいる人のことを僕は丁寧に描くことができる。それこそ細部に渡って。
一方、僕やあなたの身近なあれこれについては、できないし、しない。

未踏の分野に出しゃばる気概が失われた。僕が傷つきやすいように僕の周りを傷つけたくないこと。その意味で、僕の守備範囲は狭くなっている。
全盛期の広島の菊池みたいな融通無碍さは、どうも期待できないのだ。


僕は仕事とか勉強の徹夜ってしたことがない。徹夜して仕事を仕上げる人がいるのは知っているが、体力的にも集中力的にもムリなのだ。皮肉でもなんでもなく、徹夜できる人を尊敬している。
僕の場合、ある一定の期間仕事をして、しつけ糸を抜くように仕上がる感覚が強い。
そうはいっても、あちこち変な糸が出てるから、最後に丁寧に糸切り鋏で整えて、しつらえる。
仕事とは、物語とは。そういうものだとどこかで思っている。
物語は僕が作るものじゃない。振り返ると勝手に出来上がっているものだ。そんな単純なもんじゃないことも知っている。でもどこかでそう思って生きてきた。僕の来し方がそうだったから。


だから、見返したブログのエントリーの羅列に、僕にしか見えない物語が描かれているんじゃないかと思ってたんだ。ごく個人的な、密かな、期待として。
真夜中に誰かさんがこっそりエントリーに細工して、僕だけにわかるサインを送ってくれていると。
でも、もちろんそんなことはなく、エントリーを読み返してみたら意外なほど意味はなかった。やっぱりただの羅列でしかなく、ついでに言えば、誰かが読んでいる気配もほとんどなかった。

物語はなく、達観も、救いもなかった。ただ、書き散らされていた言葉があった。

元来表情が乏しいと評される僕に、乾いた笑いが浮かぶ。3ミリくらいの。
僕を見張る目も、評価する目も、理解する目もなかった。ただ、「見られる」ことを恐れておきながら、どこかで「僕を見る目があれ」と願っていた思いだけが埋み火のように残っていた。
それを見つけた。どこに?僕の中に。



雑誌の「袋とじ」ってドキドキするじゃないですか。男の子だけですかね、そういうの。でも開けてみると、あれ、って思うやつ。
例えがいささか古風か。昭和の人間なんで勘弁願いたい。
期待しながら15年越しの袋とじを開けてみたんだ。案の定というか、やっぱりというか。そこには何もなかった。なんかこう、とっても僕らしいと思うんだよね。

でも、やっぱりな「何もなさ」を確かめに行った気分は、存外悪くなかったんだ。