2018年7月28日土曜日

月に遊ぶ

月を愛でるのに、小道具なんて必要ない。
夜空を見上げて、きれいだな、と思えばいい。

もちろん、やろうと思えば、小道具はいくらでもある。

すすきの穂。おだんご。葦の池に浮かべる小舟。
肩にしだれかかる美姫。月を映す、とろりとしたお酒の入った杯。
素敵な詩片を思いつくセンス、だとかね。

2018年6月18日月曜日

『脳はいかに治癒をもたらすか』を読んで、パットさんに思いを馳せる

親しらずを抜いたら腫れが引かなくて、ひどい一週間をすごしている。
歯は、大事ですぞ。健康、大事ですぞ。
みなさまもお気をつけて。

METALLION(メタリオン) vol.63
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シンコーミュージック
メタリオンはパット・トーピー特集。

パーキンソン病の合併症であった、とのこと。これ以上の情報はない。
難病ではある。しかし、死ぬ病気ではないと思っていたものだから、呆気にとられた。
彼は昨年来日し、コンサートに出演しているのだ。
あまりの落差に、釈然としない気持ちになる。

過日、Judas Priestのグレン・ティプトンも自身のパーキンソン病とツアーからの引退を表明した。最近どうも、こんな話題が多い。

2018年6月10日日曜日

「国難」とか簡単に言わない方がいいと思うの

土木業界の片隅でメシ食ってます。どちらかというと山手の方です。

南海トラフ被害、20年間で最悪1410兆円 土木学会が推計 8.6.2018 日経新聞

ニュースを見ていて言葉の使い方が鼻につく。気に入らない。
「国難」だとか、「最貧国に落ちる」だとか。ずいぶん煽る言い方をする。
そういうのは科学らしくない。
と思ってのエントリーです。


レジリエンス委員会報告書「『国難』をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書」を公表しました 7.6.2018 土木学会
ああもう、このひとたちはプレスリリースからすでに、こんな言葉を使っていたのか。

市民の理解が進まないことに危機感を感じているとか、あるのだと思います。「ゴールデンタイム」はこうしている間に着々と過ぎている。今できることを、みたいな。
土木学会の人はこうも言っていた。「想定外」を理由にできるのは、東日本で最後だと。
かっこいいじゃない。研究者や技術者の矜持が透けて見えるよう。

それでも残る違和感。これは何か。

その矜持がどこか、内弁慶に聞こえる。
日本人を相手にしてるとしても、彼らは「最貧国」をまるで地獄と云っているように聞こえる。そもそも、貧しきものを助けるのは、科学者や技術者の責務のひとつではないのか。


もうひとつ。
専門家は、数字や無味乾燥な表現で、ものを語るべきなんじゃないか。
専門家が難解過ぎるから科学離れが進むなんてことは言われるし、タコツボ的説明は面白くない。
今は昔と違って、キュレーターやコミュニケーターという人たちが結論を解釈する。あるいは、アナウンサーや解説者が好き勝手に云うだろう。
そもそも、今回出た数字から明らかになることは背筋が凍るような話なのだろう。
「国難」「最貧国」が独り歩きして、受け取り手に予断を持たせるような表現をしてしまうのは、どうなのか。


最後に。
どんなに衝撃的な予測も、生きている人が出している以上、ポジション・トークを免れ得ない。どんなに誠実な人であっても、それは変わらない。
放置しておいたら被害が大きくなる。対策を施すことで被害を小さくできる。だから対策しようよ。よろしい。
じゃあ、その対策費用は、どこから拠出されるべきか?
増税して賄うべきだろうか?他の使途を変更して当てるべきだろうか?
それは誰かが決めてくれるのか?
決めなくちゃいけないことがたくさん出てくる。
報告書は、それらの質問に答えてはくれない。

まだある。
首尾よくお金が用意できたとする。
そのお金がどこに行くのか。誰が得をするのか。

あるいは、残念ながらお金が用意できなかったとする。
さらには、彼らの想定した最悪の事態となってしまった場合。
どうなるだろう。
云うべきことを云った。彼らはきっと、そういうだけだ。

提言っていうのはどこか、ズルいところがある。
出しておいて損はないし、どっちに転んでも、彼らは安全なのだ。


東電の刑事責任を問う裁判を少し思い出す。
詳報 東電 刑事裁判「原発事故の真相は」 NHK NEWS WEB
未だ、なかなか難しいところがある。
振り返っているのに、はき、としたことが言えない。
東電は悪かった。確かに過失があった。でも東電は経営主体だ。彼らも限りあるお金の配分について、頭を悩ませたはずだ。
大津波を経た今は結論は明らかだが、当時はその結論が自明だったか。
たとえば、今回の土木学会の提言に基づく対策が行われなかったとしたら、「予見できたのにしなかった」ことになるのだろうか。

僕らは未来に開かれていて、その未来はさらなる未来に刻印されている。
過去の「なされ方」から僕らが学べるもっとも大きなことは、「わかっていてもできないことがある」ことなのかもしれない。




2018年5月20日日曜日

APCの新譜を聴いて、前作すごかったー、と思う

14年ぶりなんだってさ。

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ToolやPusciferでリリースはあれど、久しぶりのAPC名義でのリリース。

前作のときはブッシュが戦争を始めてみたり、アンチ・グローバリゼーション運動が起こってた。知っている。僕が学生の頃だ。社会的不正義のタネはいくらでも転がっていて、怒る対象には事欠かなかった印象がある。

そういえば今作も共和党政権下でのリリースになりましたね。

 

「長調を短調に変える」抗議って、方法論として割と斬新だったのだと思う。
戦争反対や平和の歌はいくらでもある。ましてや「イマジン」だ。

リスナーは、毎度おなじみの枕歌を踏むつもりで、なにげなく再生ボタンを押すのだろう。そして裏切られるのだ。
ピアノの不穏なメロディに載る、メイナードの端正なヴォーカル。
あのピースフルな「イマジン」が、知らないうちに禍々しい姿に変えていることを知る。

一見、安定しているこの世界は、ちょっとしたことで、がらりとその姿を変えてしまうかもしれない。パラレルワールドとしてのディストピアはすぐそばにあるのではないか。
ぼんやりとした不安を掻き立てられる。

「みんなが平和に暮らすのを想像してみて」。
暗いメロディでそんな風に歌われると、歌詞は屈折する。
まるで悪い冗談みたいに、聞こえてしまうのだ。

単純に、歌詞に意味を乗せるのとはまた違った(そもそもカバーは歌詞は規定されているから)効果を持っていた。


そんな前作。今作は前作と比較すれば、違うな、と思うことは多い。

でも14年も経ってしまえば、たいていのことは変わる。それを指摘しても仕方がない。
旧作がディストーションの効いたギターが目立っていたのも、今作が妙に機械っぽい音で音像が汚されているのも全部、時代のせい。

時代と言えば、メイナードの歌唱にもいささか変化があった。
メイナードのクリーンな歌唱こそ、APCの大きな魅力だった。
芯がしっかりしていて美しく響く。音叉みたいにきれいな倍音。

 

大好きだから、何十回でも貼る。
スクリームに頼らず、高いキーまで押し切るスタイルが示すのは、メイナードの力量以上に「Toolとの差分」でもあるだろう。

一方、今作のメイナードは、声を少しざらつかせいるように感じられる場面がある。単に、加齢によるものかもしれない。30代半ばの時と、50手前の時の声が違うと云っているだけだ。
ただ、Pusciferの活動で「がなり散らす以外の歌い方を学んだ」とのことで、意図した歌い方なのかもしれない。実際、ちょっと変わった歌い方をしている。
14年間沈黙していた、ア・パーフェクト・サークルのメイナードが胸中を激白
14.2.2018 RollingStone

声を喉の奥でつぶし、残響として身体から漏れ出た音というか。
やさしく歌われるのだけれど、芯や輪郭、指向性がぼやかされて、どこか虚ろに響く。
クリーンに歌う場合と比べてしまうと、せっかくの美声をベールに覆ってしまうかのようなもったいなさがある。わざとやっているのであれば、だけれども。

一方で、この不定形な声は、声を重ねるコーラスパートでは不思議な効果がある。立体感のある奇妙なコラージュが浮かび上がるようだ。


相変わらず良い声です。
そして風刺の効いた動画です。

一方、呆れるほどにメランコリックなのが、本作の特徴だろう。ねっとり絡みつくような、憂愁を湛えたメロディ。コンポーザーのビリー・ハワーデルの貢献を感じる。この人の紡ぐスケールの大きなメロディこそ、最も過去の作品と今作の連続性が感じられる場面ではないか。

楽曲は前作と比較して、バラエティに富んでいるとも散漫であるとも言える。反戦のワンテーマに絞って作られていた前作が集束されすぎていたというのもあるだろう。
わざとらしいほどポップな"So Long, And Thanks for All the Fish"とか、どうかと思ったけれども。

”Doomed"から"TalkTalk"までの流れは本作のハイライト。
楽曲のキャッチーさは旧作に譲る。でも楽曲の構成・展開とメイナードの歌唱で「聴かせられてしまう」。釈然としないけれど、そうなんだもん。



神のように話せ 神のように歩け。
そのように歌われる。それはアドバイスやエールではないだろう。あなたは、そのような存在から最も遠い存在だ。だから好きなだけうぬぼれていればよい。
今作はなんだか警句みたいだ。彼らにはまだ怒る対象がある。それは良いことだし、まっとうだ。
では、その批判は、「イマジン」での転調くらいには、おしゃれか?
問題はたぶん、そこにしかない。
そして、あんまりおしゃれではないのだ。

真摯に誠実に作られたものであっても、それが人の耳目を集めるとは限らない。
前作ほどのインパクトはないという言い方よりも、前作がすごい作品だったという言い方のほうが正しい。
のっけのイマジン。最後を飾るジョニ・ミッチェルの"Fiddle and the Drum"の静謐な美しさ。やっぱり強力な一枚だった。

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人の手垢にまみれ、まっ黒になったイマジンを、彼らは「再発明」した。
再発明されると、原型を留めないケースもある。そうしたときになお残るのは、言葉なのかもしれない。
「イマジン」は世に出た半世紀前も、14年前も、今もまた興味深い「未完のプロジェクト」だ。楽曲にしても、歌詞にしても。
たとえば数百年後、節もメロディも失われ、「イマジン」の歌詞だけが残る世界を想像する。相変わらずこの曲は、「未完のプロジェクト」のままなのだと思うのだけれど。

言葉とメロディ。
2つの異なるソースを重ね併せ出来上がるっていうのが、歌の面白さなのだなぁと。

なんだか話が明後日の方向にいって、終わってしまうのだろうけれども。




2018年4月8日日曜日

王さまはおしゃべりさん

これは意外であった。とっても意外だった。
ミサイル的な飛翔体がこちらに向けて発射された時よりもむしろ、賽は投げられた感が強いのはなぜだろう。

彼は本当はわるいやつじゃないかもしれない。
叔父殺しであるけれど、この際それは割り引く。なにしろ彼は王さまだ。
僕らみたいな小市民の定規を当てはめてはいけない。そんなことは思うのだ。

2018年4月2日月曜日

桜にかかわるあれこれ

今年の冬はずいぶんと寒くて、もう春なんてこないのかと思ったものだ。
春は匂いだ。土の匂いやどこかで咲いている花の匂い。
しばらく使っていなかった感覚が刺激される。
思った以上の早さで、春は駆け抜けている。

みなさま各所でお花を楽しんだことと思いますが、こちらは開花までもう間もなく。