2014年1月23日木曜日

そのあり方は、けっこう遠くのほうまで届くのだ

胃痛は4日目にして解消。おそば生活が功を奏したとみている。

来年度予算のヒアリング(リターンマッチ)は上司・先輩にお任せし、社内の報告会。海外ボランティアの報告をせよとの拝命で、喋る。

事前に原稿を用意しておくような殊勝なタイプではないので、当然グダグダと進んでいく。持ち時間内に終わらせられるのかどうか心配ではあったけれど、5分オーバー程度で済んでよかった。
考えてみれば募集説明会以外でこの種の話をしたのは初めて。受験を考えているひとになら云ってあげたいことはいくつか思い浮かぶ。でも今回は聞いている側も行政関係なので、どこが彼らの琴線なのかさっぱり。
これは、写真でごまかそう。そう心に決めたよね。


最初の10分をすぎれば落ち着いて喋れるんだけれど、喋っているうちに実にいろいろなことを思い出すものだ。これは走馬灯ですよ。呆れた。こっそりと。半年も経つんだぜ。

カウンターパートと雨の中殴り合いのケンカしたのち、酒とか飲んで泣いて、次の日からソウルメイトになりました、とか、ドラマチックなイニシエーションががあればとよかったんだけれど。
実際の僕のケースはちっともドラマチックじゃなくて、狭くて平坦な対向道路をちまちまと進むようなものだった。ウルルンみたいな話では全然ない。
たくさん挫折したり、たくさん泣いたりしたひとのほうが、経験や成長は大きいだろう。
僕の場合はそうではなかった。泣くにはいくらか歳を取り過ぎてもいた。

そんな中、なお云うべきことがあるならば。

我々は変わらない存在だと感じられたこと。
同じように勤勉で、同じように怠け者で。同じように笑い、同じように泣く。そんな実に変わらない人たちのなかで過ごしたこと。違いはそのうち慣れる。似ていることは後で気がつく。
これほど距離を隔てても、変わらない。

似てるわ。そう思った瞬間から、彼らは僕の内側に入ってきた。
そうなのだ。場所とか距離とかって、思ったほど関係なかったんだよ。


佐渡出身の当代きっての社会学者として屹立してはいるものの、当地佐渡ではさっぱり誰の話題にも上らない立岩真也先生。仕方ないのだ。何言ってるかわからんから。
修論を書く際に大層勇気づけられた珠玉の名言ですけれど、やっぱり周りくどいので一部カットしました。せんせすみません。せんせはこんなことを云ってます。

そのあり方はどこまで届くか。その人との距離が遠いなら無理なのだろうか。
もしその人が近いところにいれば、同じように感じるだろうことは知っている。たしかにこれは、一つに想像を条件とする。しかしそれくらいの想像は無理なくできる。その拡張はそう難しくない。そしてそのぐらいで十分なのではないか。
『自由の平等』, 岩波書店,2004, p142

で、僕は疑り深いので、てまひまかけて実際に行ってきた。そして、やっぱり届く、と知った。だから、それを伝えよう、と思った。今日話している途中にな。
そんなことで話の最後にきて、ずいぶん青臭い話になってしまう。実に不本意だ。
あれは事故です。でもそれが僕の収穫です。

とはいえ、あーあ。という話になったことは間違いなくて、ほんと申し訳ないんだけれど、謝る相手はとっくに散会してしまっているので、ここでせいぜい弁明させてもらおう。

もっとアッパーでテクニカルな森林管理の話をしたかったぜ。うそですごめんなさい。


「協力隊は村に住む外交官。嬉々として2年間を過ごし、元気に帰ってくるのが仕事」
かつて、うちの専門家が怯える僕に云い、後年、僕がやや脚色した言葉だ。

僕はこれで十分だと思う。この場所をもう少し進ませる、大切な仕事。
あとはすべて些事だ。いやほんとに。



自由の平等―簡単で別な姿の世界
立岩 真也
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