2008年5月25日日曜日

ALSについて

2.23.2007

ALS患者が大学院に合格したとの報
ニュースで見ました。すばらしいこと。

人工呼吸器は単なる道具だということ
僕がかけているめがねと変わらないものだということ
これを示してくれる行為でもあったかと思う。


ちょっと思い出したことがあって。

以前、看護士の友人と飲んだときのこと
老人介護をする場合、献身的な親族の方が
延命措置を打ち切ってくれという場合が多いという。
もう、苦しんでほしくないから。
親族としても自分から縁遠い人間の方が却って死んでよい、
とはいいにくいかもしれない。身近な人間だからこそ
なのかもしれない、と僕は応じる。
でも、その答えに彼女は納得していなかったし
僕ももちろん納得できなかった。

もう死んでいいよというやさしさもわかるような気がするし
延命治療によるスパゲッティーシンドローム的な
怖さ/むごさもなんとなくわかる。
でも本当にそれでいいのかとも思う。

いろいろ考えたのだけどうまくまとまらないや。
また考えます。
ひとつだけ。思いついたのが「老い」が大人としての
振る舞いや責任感を取り外していく過程であるとしたら?
意識の有無を基準とするのにも限界はでてくるよね。